第6章 パン好き女子のご家庭事情
ペローナに見送られ、ムギはモリア邸を出た。
時刻は8時で、本来であればバイトを終えてローが迎えに来る頃合いだ。
そういえば、ローはちゃんとムギのメールを見てくれただろうか。
ケータイはマナーモードになっているし、送りつけたきりチェックをしていなかったので、ローが既読したのかが気になった。
不気味なポーチを歩きながらケータイを取り出したら、なにかの通知のせいでバックライトがチカチカ点滅している。
たぶん、ローからの返信だろう。
(よかった、気がついてくれたんだ。)
だとすれば、ローがうっかりバラティエに向かう事態は避けられたはずだ。
一応確認しようと画面を起動させると、パッと明るくなったディスプレイに目を疑うような通知が表記されていた。
「え……ッ、着信30件!?」
これはいったい何事か。
まさかバラティエで不測の事態でも起きたのかと慌ててタップしたら、着信通知欄にはローの名前がずらりと並んでいる。
「……こわ。」
うっかり漏らしてしまった本音。
電話を掛け直そうかとも思ったが、メールも何通が届いているようで、まずはそちらを読んでみよう。
しかし、アプリを開こうとした途端、タイムリーに電話が震えて着信を知らせる。
相手はもちろん、ローだった。
(うわぁ、これ、出なくちゃダメだよね……?)
恐ろしいほどの着信件数がムギを脅かし、けれど無視することなどできるはずもなく、観念して通話ボタンを押した。
「もしも――」
『ムギ、てめェ、やっと出やがったな!?』
“もしもし”すら言わせてもらえずに、電話の先でローが怒鳴る。
心なしか息が荒く、苦しそうだ。
「どうかしたんですか?」
『どうか、だと? この野郎……ッ、おい、今どこにいる!』
「どこって、叔父さんの家ですよ。今から帰るところなんです。……なんか苦しそうですね、具合でも悪いんですか?」
『ふざけんな! お前、そこはストーカー野郎の家だろうがッ!』
「大丈夫ですよ。アブ兄は、きっともう…――」
もう、ムギをつけ回さない。
そう答えようとして、言葉を切った。
なぜなら、門へと続くポーチの先にひとりの男が立っていたのだ。
ムギのためにメスを入れ、ぎろりと光る瞳で見つめる彼は……。
「……アブ兄。」