第6章 パン好き女子のご家庭事情
モリア邸の前に着いたところで、ムギはローにメールを送った。
『叔父さんの家に行くことにしたので、今日のお迎えは大丈夫です。これまでありがとうございました。』
律儀なローは、今朝あんなふうに別れたあとでも、必ずムギを迎えにバラティエまでやってくる。
だから今日は来なくていい旨と、今までの礼を伝えた。
アブサロムへの恐怖も、迷惑な恋人ごっこも、今夜で終わらせてみせる。
そんな意気込みを持ってチャイムを鳴らすと、重たい門が耳障りな音を立てて自動で開く。
ペローナには事前に行くと伝えたため、今頃はモリアにも伝わっているだろう。
前回は引き返した玄関の前に、ペローナが立っていた。
お出迎えのつもりらしい。
「よぉ、モリア様が待ってるぞ。」
「うん、ありがとう。」
彼女が開けてくれた玄関から中に入ると、短期間ながらも暮らしていた叔父宅の懐かしさが込み上げた。
中学最後の年、ムギはこの家から学校へ通い、この家に帰ってきたのだ。
怠惰なモリアは、自分からムギを出迎えたりはしない。
階段が面倒くさいとの理由で一階にある叔父の私室に出向き、両開きの扉をノックした。
「叔父さん、ムギです。」
「入れ。」
返答はすぐにあり、許可を得て扉を開けた。
なぜかついてくるペローナを不思議に思いながら、半年以上ぶりにモリアと再会する。
「こんばんは、叔父さん。いつも面倒を見てくれてありがとう。」
「キシシシ、くだらねぇ挨拶は抜きにしろ。欠伸が出ちまう。」
特注の巨大ソファーに寝転んだモリアは、グラスに赤ワインを注ぎながら妖しい目つきでムギを眺めた。
この家はどこもかしこも不気味で、注がれたワインが美女の生き血に見えてしまう。
「あー……、あの、実はですね、叔父さんに言わなくちゃいけないことがあって……。」
ムギの目的は二つ。
まずは最も重要な事項を伝えようと口を開いたら、モリアが訳知り顔で笑いを漏らした。
「そう暗い顔をするな。お前の言いたいことは、だいたいわかってる。」
「……え。」
まさか、すでに迷惑が掛かってしまっているのだろうか。
焦るムギにモリアは、ふふんと鼻息を荒げながらこう告げた。
「うちに戻ってきてぇんだろ?」