第6章 パン好き女子のご家庭事情
ローと付き合うフリを開始してから、アブサロムは姿を見せなくなった。
ムギがわからないだけで、遠くから見られているのかもしれないが、諦めたのだと信じたい。
被害が出なくなったのなら、付き合うフリを続ける必要もないだろう。
でも、ローは心配性だから、ムギが「もういい」と言ったところで引き下がるとも思えない。
なにか彼が納得できるような理由と証拠を用意して、この件にケリをつけなくては。
「ねえ、あの子じゃないの? ローくんと付き合ってるって子。」
バラティエに向かう途中、他校の女生徒がムギを見ながらひそひそと囁いている。
誰に言いふらしているわけでもないのに、噂は着実と広まっていく。
「……なんか、思ってた感じと違うかも。」
「うん、普通の子……だね。」
余計なお世話だ。
普通でローと釣り合わないのは、ムギが一番わかっている。
噂はいずれ消えていくとローは言ったけれど、本当にそうだろうか。
ローとの噂はすでにスペード高校にまで広まり、ムギに直接声は掛からなくても、ボニーは何人かの女子から質問を受けたという。
(やっぱり迷惑だよね。)
本人が構わないと言っても、例えばこの瞬間にもローを好きな女の子が本気の恋を諦めている可能性もあった。
~~~♪
「……電話。ペローナからだ。」
商店街を歩きながら画面をスライドさせ、耳に当てる。
「もしもし?」
『あ、ムギ。今、大丈夫か? あのあと、アブサロムにちょっかい出されたりしてねぇだろうな?』
「……うん、大丈夫。」
『ならいいんだけど。今日さ、モリア様が休みで家にいるんだ。あいつもどっか出掛けたし、用事があるなら早めに来いよ。』
「あ、そうなんだ……。」
モリアに早いところ、扶養の件を報告しにいかなくてはならない。
今ならばアブサロムと顔を合わさずに行けるだろうが、ムギはこれからバイトである。
『なんだ、都合悪ぃのか?』
「うーん……、ちょっとね。」
『そっか。まあ、来られるようになったら来いよ。早く片をつけないといけねぇ用件なんだろ?』
「ありがとう。早めに行けるようにするよ。」
返事をしながら、今日は向かえないだろうなぁと嘆息する。
バイトを放棄する選択肢など、ムギには絶対にない。