第6章 パン好き女子のご家庭事情
のそりとムギが起き上がると、ボニーが「でもなぁ」と納得ができなさそうな声を出した。
「トラなんとか先輩は、なんでムギにキスしたんだ?」
「知らないよ、そんなの。わたしが教えてほしいくらい。」
誕生日プレゼントにキス。
プレゼントに要望するほどキスが好きなのだとしたら、ちょっと見る目が変わってしまう。
「なあ……、そいつさ、ムギのこと好きなんじゃねぇの?」
「はあ? ないない。」
「わかんねぇじゃん、なんで即答できんだよ。」
「できるよ。だって、好きになるような要素ないもん。」
容姿は普通だし、家庭事情にちょっとした難アリだし、性格だって可愛げがあるとは言えない。
接点も多くはないし、好みは真逆。
「そりゃ、ムギが思う自分だろ? 私はムギを可愛いと思うし、優しいとも思うぞ。」
「同性から見る可愛いって、違うんでしょ? 無理やりそっち方面に繋げなくていいよ。」
「無理やり……かぁ? わりと自然な考えだと思うけど。ムギはさ、ちょっと恋愛に対して臆病すぎるんだよ。自信持てって。」
「……だって、嫌なんだもん。勘違いしてるみたいで。」
ローが自分を好きなのかも……なんて、アブサロムがムギに向けた思い込みと同じだ。
あれほど嫌な思いをした勘違いを、ローに向けるなんて絶対に嫌。
それに、ローは一方的に好意を寄せる女子を嫌悪している。
ムギがそんな勘違いをしてしまったら、彼が嫌う女子と同じになってしまう。
(……嫌われたくは、ないもんなぁ。)
以前は駅で見かけるだけだった他校のイケメン。
たったひと月の間に、これほどまでに大きな存在になるなんて、あの時のムギは予想も妄想もしていなかったはず。
紳士的なところ、世話焼きなところ、優しいところ。
あの時は知らなかったローの内面を、ムギは知っている。
せっかく結んだ縁ならば、これからも繋いでいきたい。
そう思えるほど、ムギの中でローは大切な人になっていた。