第6章 パン好き女子のご家庭事情
学校が落ち着く。
そんなふうに思ったのは、人生で初めてだ。
「ムギ、今日はどうしたんだよ。遅刻なんて珍しいな。」
「ん、うん。ちょっとね……。」
「なんだよ、悩みがあるなら聞くぜ?」
休み時間、うまい棒を片手に尋ねてくるボニーは、単純に心配しているようだった。
アブサロムの件も打ち明けているし、そちらのことで悩んでいるのだと考えているのだろう。
「……あのさ、しょーもない話なんだけど。」
「なんだよ。」
「ボニーって、そのぅ、……キスしたことある?」
「はぁ?」
あ、傷ついた。
その反応、傷ついた。
「……やっぱ、いい。」
「あー、悪い、嘘! 拗ねんなって、ムギ!」
机に突っ伏して貝になろうとするムギの上半身を無理やり起こし、ボニーがにへらと笑った。
「なに? トラなんとか先輩にキスでもされたのか?」
「声が! 大きい!!」
「え、マジなの? どうどう、落ち着け。」
荒々しく吠えて立ち上がったムギをボニーが宥め、途端に力なく机に沈んだ。
「もう、やだ……。」
「落ち込むなよ。なに、どういう状況で? 嫌だったのか?」
「……考えたくない。」
「つまり、嫌じゃなかったと。」
「……。」
そう、ムギはローにキスをされて、嫌ではなかったのだ。
大切なファーストキスなのに、好きな人でもないのに、キスをされて嫌じゃなかった。
「わたし、淫乱なのかな。」
「ぶふ……ッ、淫乱って……!」
人が真面目に悩んでいるのに、ボニーときたら平気で大爆笑をする。
こんなボニーだからこそ、相談できたわけだが。
「しょうがねぇって、ほら、顔がいいんだろ? 顔がよければ大抵のことは許されちまうし。」
「……そういうもの?」
「そういうもん。」
ローにキスをされて、嫌じゃなかった。
でも、相手をアブサロムや他の男に入れ替えると、嗚咽が出るほど気色悪い。
そういう気持ちもすべて、ローの顔が良いからなのだろうか。