第6章 パン好き女子のご家庭事情
適当な菓子を持って部屋に戻ろうとすると、ドアの向こう側から気になる会話が聞こえてきた。
「まさかムギちゃん、他に好きな人がいたんじゃ……。」
そう尋ねたシャチの声を耳にした時、咄嗟にローはドアの前で動きを止めた。
気にせず部屋に入ればよかったのに、ムギが動揺したような声を出したせいで、すっかりタイミングを見失ってしまう。
「やっぱりいるんだ! どんな人!?」
三人がしつこく尋ねると、「そういうんじゃない」と前置きをしながらも、ムギは“好きな人”について語り始めた。
「威厳があって頼もしくて、それでいて優しい年上の人です。」
他の誰かに想いを馳せるムギの声を聞き、ローの肌はぞわりと粟立った。
握ったままのドアノブが軋み、誰とも知れぬ男に殺意が湧いてくる。
片想いをした経験がないローは、相手に想い人がいる可能性を微塵も考えていなかったのだ。
「年上ってことは、学校の先輩とかッスか?」
まさに知りたかったことをペンギンが代弁し、部屋の外でローが聞いているとは知らないムギは、素直に質問に答えてしまう。
「いえ、バイト先の職人さんです。」
その瞬間、脳裏に金髪のパン職人の顔が浮かび、湧き立つ殺意はぐる眉コックへと向かった。
(あいつを……? ムギはあの男が好きなのか?)
今まで何度もサンジがムギを口説くシーンを目にしたが、彼女はいつも冷たく躱していた。
しかし、心の底では喜んでいたというのか。
「えっと、その人のことは、もう諦めちゃったの?」
「はい。だって、年上の女性が好きだって言うんですもん。わたしじゃ逆立ちしたって無理です。」
それを知っているということは、告白に似たアピールをしたという証拠ではないのだろうか。
あの男、散々口説いておいて、年下には興味がないとはクズすぎる。
「じゃあ、付き合いたいとか、そういうのはないの?」
「ありませんよ。」
きっぱりと断言するムギの声を聞き、多少は心が落ち着いた。
それも束の間、彼女は最後にローの心を掻き乱す一言を口にした。
「でも、結婚したいとは思いますけどね!」
結婚したいほど好きな男が、ムギにはいた。