第6章 パン好き女子のご家庭事情
結果から言うと、ローの運転はとても快適だった。
車種の違いなのか技術の違いなのかは定かではないが、ボニーの運転とは月とスッポンほど違う。
どちらが月で、どちらがスッポンかは、言うまでもない。
でも、ムギの胸はというと、変わらず騒がしいままだ。
ボニーの運転がトラウマになっているせいでもあるけれど、一番の原因は距離感。
どこを掴めばいいのかと手をうろうろさせていたら、その手を取られてローの腹部に回された。
手のひらに伝わる硬い筋肉の感触に、ムギの心臓は崩壊寸前だった。
風を切る爽快さや、道路を走るスピード感など楽しむ暇も怖がる暇もなくローのマンションへ到着し、バイクから降ろしてもらう頃には疲れ果てていた。
「おい、そんなに怖かったのか?」
「……ええ、いろんな意味で。」
ヘルメットを外したら、取った拍子に髪がくしゃりと乱れ、前髪に混じったひと房をローの指が掬った。
「柔らけェな、髪。」
そのまま後ろに流されて、ムギは思わず抱えたヘルメットをかち割りそうになった。
無自覚でやっているのだとしたら、とんだ女たらしだ。
いや、自覚してやっていても、そうとうな女たらしだけど。
「どうも! ありがとうございました!!」
外したヘルメットを乱暴に突き返し、腕の長さの分だけ距離を取った。
そんな行動をローはおかしそうに見下ろすものだから、負けた気がして悔しくなる。
「なに笑ってるんですか、もう! ……ああ、そういえば、誰かさんが急に家に来いとか言うから、手土産持ってきてないんですけど。急に言うから。」
“急に言う”と二回口にしたのは、完全なる嫌味である。
家に誘うのなら、せめて昨日の日中に言ってくれないか。
そうしたら、出掛けたついでに手土産を用意できたのに。
「手土産? そんなもんをいちいち用意してたら、お前の大好きな金が減るぞ。」
「言い方がムカつくんですけど。わたしだって、礼儀くらい知ってるんですよ。」
それに、いちいちとローは言ったが、ムギが彼の家に来る機会なんて、恋人のフリが終わったら二度と訪れないだろう。
最初はともかく、最後くらいちゃんと手土産を持参したかった。