第6章 パン好き女子のご家庭事情
レストランを出たあとになって思ったが、あの場所で恋人のフリをする必要はあったのだろうか。
いくらアブサロムを騙すためだとはいえ、恐らくレストラン内にアブサロムはいなかった。
彼の目がない場所においての演技は無意味だと、頭の良いローならばわかっているはずだ。
「あの、今さらですけど、映画館やレストランじゃなくて、もっと目立つ場所に行った方がいいんじゃないですか?」
「例えば?」
「えっと……、とにかくこう、人の目があるところ。」
残念ながら、デート経験皆無のムギには良い案は思い浮かばず、曖昧な感じで答えると、さもつまらないことを聞いたとばかりにローがムギの手を取った。
「興味もないところに、わざわざ足を運ぶつもりはねェ。それともなにか? ハチ公前でいちゃついときゃいいのか?」
「そんなこと言ってないですよ! ただ、ほら、目的のために意味がないっていうか……。」
いちゃつくいちゃつかないは置いておいて、意味がない場所で努力しても無駄な時間を過ごすだけ。
面倒事に付き合ってくれるローのためにも、早く結果を出さなければならない。
すると、焦るムギを宥めるように、繋いだ手に力がこもる。
いちいち心臓に悪いからやめてほしい。
「意味ならある。」
「そうなんですか? どんな意味があるんです?」
「俺が楽しい。」
「は……。」
ぽかんと口を開けてローを凝視した。
でも、もとより表情に乏しいローの心の内は読めず、本気なのか冗談なのかもわからない。
(楽しんでくれてるなら、いいのかな……?)
ムギが一日でも早くアブサロムをどうにかしたいのは、つけ回されるのが恐ろしいからという理由が一番だが、これ以上ローに迷惑を掛けたくないという理由もそれなりにある。
(や、甘えちゃダメだよ。)
ムギが迷惑を掛ければ掛けるほど、ローにとって不名誉な噂がつきまとい、本当に好きな人ができた時の足枷になる。
いくら、今が楽しくても。
(……違う、楽しくなんてない。)
映画が楽しかったのも、食事が楽しかったのも、相手が誰であっても同じ。
ローと一緒だから楽しいなんて、絶対にない。