第6章 パン好き女子のご家庭事情
しっとりと柔らかいものが指に触れた。
まだ温かみが残る指を見つめ、ムギは唖然と固まった。
落ち着け、整理しよう。
まず、連れてきてもらったベーカリーレストランは、本当にパンが美味しかった。
シンプルだけどもっちり甘いパンをローにも食べてもらいたいと思ってしまったのは、ムギの悪い癖。
以前と違って、気軽に食べてみてと勧められるような関係になれたのはいい。
しかし、パンを差し出したのはあくまで受け取ってほしかったのであって、決して、絶対に、手ずから食べてもらう意図はなかった。
そう、あろうことかローは、ムギが摘まんだパンをそのまま口に入れたのだ。
「な……ッ、なにしてるんですか……!」
たっぷりの時間を掛けて状況を理解したムギは、頬を真っ赤にして非難する。
「なにって、お前が食えと言ったんだろうが。」
「言いましたけど、直接食べてほしいだなんて言ってないです!」
図らずも恋人同士の定番、“あーん”をしてしまった恥ずかしさから文句を言いまくったが、小麦粉のついた唇をぺろりとひと舐めしたローは、当然の権利だとばかりに主張する。
「嫌いなもんを食わされるんだ、少しくらい旨味がねェとやってらんねェだろ。」
「旨味……?」
ローの意図がわからなくて、ムギは思いっきり顔を顰めた。
パンの旨味がわかるなら、パン嫌いになどなっていないだろう。
だとすれば、ムギに指に旨味が詰まっているとでも言いたいのか。
「……味覚音痴なんですか?」
かなり失礼な感想を漏らし、ローは馬鹿にしたように鼻を鳴らした。
「お前と一緒にするな。」
「わたしは味覚音痴じゃありませんよ。ちょっと料理が下手なだけで。」
あの酷い有様の弁当は、ムギ自身が美味しいと思って作ったわけではない。
ただ、マシにできただけだ。
「ああ、音痴なのは味覚じゃなかったな。」
あっさりと肯定され、ムギはきょとんと首を傾げた。
「え……、じゃあ、他にどこがおかしいと思うんですか?」
「……自分で考えろ。」
「ちょ、気になるんですけど。教えてくださいよ。」
「嫌だ。せいぜい気にしておけ。」
意味深な言葉を残し、口直しだとばかりにローはコーヒーを飲んだ。
肝心な答えは、最後まで教えてはもらえずに。