第6章 パン好き女子のご家庭事情
癖で15分前行動が身に染みているムギだけど、今日ばかりはそうもいかなかった。
マンションの下でローを待ち、やってきた彼がムギの姿を見てどういう反応をするかが怖かったから。
(やっぱり、今からでも着替えようかな……。)
約束の時間を5分後に控え、急に怖気づいて立ち上がった時、テーブルの上に置いたケータイが短い着信音を鳴らした。
『着いた。下にいる。』
短い文面に目を通し、諦めの息を吐いた。
ローを待たせてまで着替える勇気はなく、乱暴にケータイを鞄に突っ込んで部屋を出た。
マンションの下で待っていたローは、白のトップスにジレを重ね、デニムパンツにスニーカーという、シンプルな服装だった。
シンプル。
そう、シンプルなのだが。
(めちゃくちゃ格好いいな! 脚が長すぎるんだよ!)
ムギの精一杯の努力が霞んで見えるほど、格好よかった。
股下がそんなにも長いパンツは、はたして店に売っているのだろうか。
声も掛けずじっと眺めていたら、不快そうに眉を寄せたローがぎろりと睨んできた。
「おい、いつになったらこっちに来るんだ。」
どうやら、観察していた視線に気がついていたらしい。
「すみません。わざわざ迎えに来てくれてありがとうございます。」
覚悟を決めて近寄ったら、案の定、ローがムギの恰好を上から下まで一瞥した。
「そういう恰好もするのか。」
「まあ、貰い物ですけど……。」
照れ隠しで自分が購入したわけではない旨を伝えたら、ローの瞳が急に凄みを帯びた。
「誰から? まさか、男じゃねェだろうな。」
「なんで男の人からワンピースを貰うんですか。女装趣味のある知り合いはいませんけど。」
「そういう意味じゃねェが。まあ、違うならいい。」
ローの真意をちっともわからなかったムギだけど、「行くか」と差し伸ばされた手の意味は昨日の経験から理解する。
未だ慣れない行為に顔を赤らめながら手を重ね、恋人のフリをする。
(大丈夫、大丈夫。手を繋ぐくらい、なんともない。……バゲット、バタール、パリジャン。)
得意の呪文を心の中で唱えていたら、不意にローが呟いた。
「その服、似合うな。」
「……ッ」
魔法の呪文は効果を成さず、霧散した。
代わりに胸に宿るのは、叫びたくなるほどの動揺。