第6章 パン好き女子のご家庭事情
これは、デートか?
昨夜からずっと繰り返している疑問を、ムギは再び頭に浮かべた。
男女間の友情が成立する現代社会では、ただ一緒に出掛けるくらいではデートと呼ばない。
互いに好意を寄せて、意識し合う男女が会ってこそ、デートと言えるのだろう。
恋人同士が出掛けるのであれば、まさしくデートだ。
なら、ムギとローはどうだろう。
(いやいや、恋人って言ってもフリなんだから。)
そう、自分たちは真実の意味で付き合っているわけではない。
アブサロムが諦めてくれるまでの恋人ごっこ。
(動物園の時と同じだよ、うん。ただ一緒に出掛けるだけ。)
だから、服装に気を遣う必要なんてない……はず。
ムギの前には、ハンガーに掛けられたコーディネートが二つ。
ひとつは無難にニットとデニムパンツ。
カジュアルではあるが、王道といえば王道だ。
そしてもうひとつは、秋らしいブラウンのワンピース。
肩のあたりがシースルーになっていて、ほどよい透け感が大人っぽいワンピースは、モリア宅で暮らしていた時、ペローナが「思ってたのと違ったからやる」と言ってくれたもの。
一度ボニーと出掛けた際に着ていったら、似合うとえらく褒められた。
(んん……、でも、なんか張りきってるみたいで嫌だなぁ。)
合コンの時も、同じような理由で無難な服を選んだ気がする。
(だけど、今は一応付き合ってる設定だし……。)
ワンピースを選んでも、不自然じゃない……きっと。
「……。」
急に昨夜のローを思い出し、熱くなる顔を自覚しながら額を押さえた。
ゼフに打たれた額からはとっくに赤みも痛みも消え去っているのに、未だに熱を持っているように感じられる。
(違う。これは……、無駄に顔がいいからいけないんだ。)
誰だって、眩いほどの美男と手を繋いだり額に触れられたりすれば、無反応じゃいられないだろう。
言わばこれは、生理現象だ。
「……。」
悩んだ挙句、ムギはワンピースを手に取った。
だって、しょうがないんだ。
アブサロムに恋人同士と思われるためには、相応の恰好をしないと信じてもらえない。
本当に、ただそれだけなんだから。