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パンひとつ分の愛を【ONE PIECE】

第6章 パン好き女子のご家庭事情




徒歩20分の距離は、ローにとって物足りないほど短く感じられた。

マンションの下まで着いたら、あからさまに安堵するムギにムッとした。
これはストーカー男に出会わなかったからでなく、明らかにローとの別れに安心している。

(可愛くねェ女だな……。)

ムギのことを何度可愛くないと思ったか、もはや数えきれない。
それでも彼女がいいと願ってしまうのだから、恋とは厄介なものだ。

欲目だろうか。
ローは容姿だけでいうならば、ムギのことをそれなりに好ましいと思っている。
丸くてくりっとした目も、化粧気のない肌も、ふわふわで柔らかそうな小麦色の髪も。

ムギの手は柔らかかった。
きっと、他の部分……例えば頬や唇なんかも、ローの想像を超えて柔らかいのだろう。

ローの心に、ちらっと邪な欲望が顔を出したが、ごくりと唾を飲み込むことでやり過ごした。
ようやく彼女と手を繋ぐ権利をもぎ取ったのに、ここで牙を剥いては獲物を捕り逃してしまう。

「えっと、もう着いたんですけど……。」

暗に手を離せと告げられて、ローは眉根に皺を寄せる。
何度も言うが、可愛くない女だ。

「……明日、10時に迎えに来る。用意をしておけ。」

「わかりました。で、どこへ行くんですか?」

「遠出はしない。近くをぶらつくつもりでいる。」

行き先を教えると、ムギは納得したように頷いた。
手を離さないとマンションに入れないから、名残惜しさを覚えながらも繋いだ手を解く。

けれども、やはり名残惜しさを感じているのはローだけで、それが悔しくて彼女の名前を呼んだ。

「ムギ。」

「はい?」

マンションのエントランスライトに照らされて、ムギの髪がほんのり温かな光を帯びる。
光に魅せられて手を伸ばし、柔らかな前髪に触れた。

「な、なんですか?」

「……赤くなってる。」

前髪で隠れた額の中心が、僅かに赤い。
ゼフが打ったデコピンの痕をなぞると、途端にムギの肌が紅潮して、僅かな痕を隠してしまう。

その反応に満足し、ローはムギから手を離した。

「早く中に入れ、また明日な。」

ハッと我に返った彼女は慌ててマンションへ入っていったが、しばらく頭の中はローでいっぱいのはず。

それだけで、楽しくてしかたがない。



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