第6章 パン好き女子のご家庭事情
人の視線に敏感なローは、遠くから自分たちを睨めつける眼差しに気がついていた。
正確に場所までは把握できないものの、敵は確実に自分たちを見ている。
(……もう少し、見せつけてェところだがな。)
アブサロムという男は、元来臆病な人間らしい。
だから、ムギに彼氏ができれば諦めてくれる……というのはローの考え。
もし仮説が正しいのであれば、手を繋ぐ程度の接触ではさほど効果は得られないだろう。
せっかくムギに触れても許される立場になったのなら、もっといろいろとしてみたいことがあるのだが……。
(この調子じゃ、まだまだ先は長そうだな。)
試しに手を繋いでみたムギは、おもしろいくらいに緊張している。
以前、男に対して耐性がないと発言していたのは嘘ではないらしく、握った手からじんわり汗が滲んでいた。
普段のドライな態度とは反対に、初心な反応が堪らなく男心を擽ってくる。
「あ、あの……。」
緊張に耐えきれなくなったのか、それまで黙りこくっていたムギが唐突に口を開いた。
「なんだ?」
「さっき、メールで……土日は予定を空けておけって、なんでですか?」
言われてから、ローは夕方まで抱えていた些細な苛立ちを思い出した。
昼すぎに送ったメールを、彼女は夕方まで放置したのだ。
実際には気がつかなかっただけなのだが、ローにとってはどちらも同じこと。
返事が来るまでの間、こっちがどれだけやきもきした思いにさせられたか、ムギはきっと知りもしない。
仕返しに繋いだ手の甲を親指の腹でつぅ…っと撫でてやると、びくっと反応したムギの喉から掠れた悲鳴が上がる。
「出掛けるからに決まってんだろ。」
悲鳴を無視して決定事項を告げると、すでに狼狽していたムギの瞳がカッと開く。
「出掛けるんですか? 休みの日に?」
「付き合ってんだ、休みの日に会うのは当然だろう。」
「う……。でも、土日とも会わなくてもいいんじゃないですか?」
「付き合ったばかりなら、時間が許す限り会いてェと思うもんじゃねェのか?」
「ぐ……。」
経験がないのをいいことに、ローは都合よくムギを言いくるめる。
自分だって今までは、四六時中会いたいと思ったことなんてなかったくせに、いけしゃあしゃあと言い放つのだ。