第6章 パン好き女子のご家庭事情
恐らくは初恋であろう想いを自覚したきっかけは、恋した彼女の些細な一言。
『レッサーパンダ、好きなんですか?』
そうムギに尋ねられた時、ローは二の句が継げなかった。
違う、好きじゃない。
そんなふうに否定するのは、難しくなかったはずだ。
けれどもローは、否定どころか言葉らしい言葉をなにひとつ紡げず、唖然と彼女を見下ろした。
好きか好きじゃないかと問われれば、好ましく思っている。
ならば「そうだ」と答えればよかったのに、それができなかったのは、己の心に潜む想いを見透かされてしまったと感じたからにほかならず、ただただ動揺した。
そして、動揺するローに彼女は言ったのだ。
『いいんじゃないですか? 好きなら好きで。』
他の誰でもない彼女に肯定され、無自覚だったローの想いは、確実に、重く形あるものへと変化した。
昼休み後、午後一番の授業は体育だった。
ただでさえ昼食後はかったるいのに、強制的に身体を動かされる体育は好きじゃない。
種目はバスケットボール。
皆がドリブルやパス練習をする中、ローは体育館の隅で壁に背を預け、ケータイを弄っている。
進学校といえども、ハート高校はそれほど厳しい学校ではなく、こういったサボり行為もそれほど目くじらを立てられない。
試合が始まれば、きちんと参加をするから、授業に出席するだけマシとでも思われているのだろう。
「キャプテン、1on1やろーよ!」
「断る、面倒くせェ。」
ボールを片手に嬉々として寄ってきたシャチの誘いを断り、ローはメールの画面を開いた。
「あれ、珍しいね。誰とメールしてんの?」
両手でしっかりとボールを持ったベポが画面を覗き、こてりと首を傾げた。
彼がボールを持つと、クマがボールで戯れているようにしか見えなくなる。
「ムギだ。」
端的に答えたら、親友三人が「えぇ!?」と声を揃えて驚愕した。
「キャプテン、いつの間にムギちゃんと連絡先を交換したんスか!?」
「え、なになに? 授業中に連絡を取り合っちゃう仲なの!?」
きゃあきゃあ騒ぐ親友たちは、もはやバスケのことなど頭にはなく、経緯を聞き出そうと必死。
自分から打ち明けておいて面倒だなと思ったローは、これまた端的に答えを告げる。
「付き合ってる。」
親友たちがフリーズしたのは、言うまでもない。