第6章 パン好き女子のご家庭事情
パンの袋を引っ提げてプリンの教室に向かっていたムギは、ふと思った。
(プリン先輩って、ローのことを狙ってるんだよね? それなのに、わたしがローと付き合ってるフリしちゃダメじゃない?)
なんてことだ。
平和な学園生活を守る重要事項だというのに、今の今まで気がつかなかった。
(うわぁ、どうしよう! 全然考えてなかった!)
ローに説明したところで、今さら疑似交際を解消してはくれないだろうし、ここは思いきってプリンに事情を説明するしか方法はない。
ただパンを渡しに行くだけのつもりが、処刑場に向かう罪人のような気分に変わり、裸足で逃げ出したい衝動を堪えながら二年生の教室を覗く。
どうかいませんようにと、目的とは真逆の願いを込めながら探すと、残念ながらプリンはいた。
自分の席に座り、なにやらぼぅっと虚空を見つめているプリンに向けて、小声で名前を呼んでみた。
「プリン先輩……。」
聞こえなかったら出直そうと思っていた弱腰を見抜かれたのか、名前を呼ばれたプリンはこちらにくるりと顔を向け、ムギの姿を認めた瞬間、猪の如く走り寄ってきた。
「わあぁ、ごめんなさい!」
罪悪感から謝罪を口にしたが、プリンは怪訝そうに首を傾げた。
「なに謝ってんのよ。」
「や、別に……。やましいことなんて、ちょっとしかありません。」
「わけわかんないこと言ってないで、ちょっと顔貸しなさい。」
腕を引かれて連れてこられた先は、廊下の隅。
片手をドンと壁につけたプリンは、ムギを逃すまいと距離を詰めた。
「え、壁ドン……?」
「馬鹿なの? どうでもいいわ。……それより、昨日のことなんだけど!」
「昨日のこと?」
「忘れたとは言わせないわ。あんたのパン屋にいた、あの……、あの素敵な人は誰!?」
素敵な人という呼び名に、咄嗟にゼフの顔を思い浮かべた。
バラティエNo1のイケメンは、絶対的にゼフである。
しかし、昨日ゼフはプリンの前に姿を現していない。
プリンの前に現れたのは……。
「サンジさんのことですか?」
砂を吐くほど甘い言葉を紡いだ彼の名前を出すと、プリンはうっとりと蕩けた瞳で呟いた。
「サンジ、さん。そう、サンジさんっていうのね……。」
いくら恋に疎いムギでも、プリンの胸中には気がついた。
マジか。