第6章 パン好き女子のご家庭事情
大変なことになってしまった。
昨夜のムギはどうかしていたのだと、今さらになって後悔した。
いくらローの善意だとはいえ、友達に恋人のフリを頼むなんてムギの常識からは外れている。
それに、うっかり了承してしまったローの機嫌がやけに良かったのも気掛かりだ。
今だってほら、ムギが働くバラティエのイートインコーナーで、いつになくご機嫌な様子で本を読んでいる。
謎すぎて怖い。
彼には面倒事を背負い込んで喜ぶ性癖でもあるのだろうか。
「……なんだ、あいつ。今日はやけに機嫌がいいな。まさかムギちゃん、あのクソ虎となにかあった?」
「たぶん……、あ、いえ、別に。」
いかに仏頂面のローであっても、今日の機嫌の良さは一目瞭然らしく、男に興味がないサンジですらも異変に気がついていた。
うっかり「そういう性癖だ」と漏らしそうになったムギは、慌てて口を噤んだ。
他人の性癖をバラすのは非常に良くない。
「えっと……、あ、サンジさん。それ、なんですか?」
話を逸らすために話題を探し、サンジが手に持つバラティエの袋に目を向けた。
「ああ、これ? ほら、昨日言ってたプリンちゃんへのお詫び! ムギちゃん、持っていってくれよ。」
「わ、本当に用意してくれたんですね。ありがとうございます。中見てもいいですか?」
「いいぜ。」
サンジが選んだパンは、チョコクロワッサンにチョココロネ、それからマーブル模様のねじりチョコパン。
見事にチョコばかりである。
「美味しそうですけど、好みが偏ってません?」
「やっぱ、そう思う? でも、あの子を見てると、どうにもチョコを選びたくなるんだよな。」
「ふぅん。ま、いいんじゃないですか?」
バラティエのパンが美味しいことには変わりない。
カロリーを計算すると恐ろしくなるけれど、プリンならば多少の肉がついても大丈夫だろう。
「……あっと、もう7時か。そろそろ上がりますね。」
「もう行っちゃうのかぁ、寂しいな。ムギちゃんがいなくなると、花がないっていうか。明日も休みだろ?」
「はは……。じゃ、お疲れ様です。」
乾いた笑みを零してから、ムギはエプロンの紐を解く。
イートインコーナーを見ると、ムギに合わせてローも店を出る支度を始めていた。