第6章 パン好き女子のご家庭事情
ムギが出したアイスコーヒーを、ようやくローが一口飲んだ。
彼はなにかを堪えるようにこめかみを揉むと、ため息にも似た重たい息を吐き出した。
「それで? お前はこれから、どうするつもりだ。」
「……もし、アブ兄がわたしを好きなら諦めてもらいたいです。方法は思いつかないですけど、わたしなんかに構う価値はないんだと気づいてほしい。」
ペローナの話によると、アブサロムはイジメを受けていた高校を辞め、通信制の学校に編入し、時折外出もしているらしい。
せっかく前を向いて生きているのに、過去の事件に囚われるのは互いに良くないと思う。
「ぶっ殺せば話は簡単に済むぞ。」
「だから、大事にはしたくないって……。え、そんなに血気盛んなキャラでしたっけ?」
「うるせェ。俺は今、機嫌が悪い。」
「はあ、見ればわかります。」
イライラが目に見えるようだ。
ローは意外と優しいから、非人道的な過ちを犯したアブサロムを許せないのだろう。
「ぶっ殺すのが嫌なら、……そうだな。ひとつ、いい方法がある。」
「え、なんですか?」
なんといっても、有名進学校の主席。
ムギには考えつかないような、素晴らしく画期的な案を教えてくれるのかと期待した。
ムギの予想はまさに正しく、ローは素晴らしく画期的な方法を教えてくれる。
「男を作ればいい。お前に男がいれば、その猫野郎も諦めるだろうし、怒りも男の方に向くだろ。」
「……わあ、すごーい。なんていい方法。」
半眼になって棒読みの返事をしてしまったのは、しょうがないと思う。
だって、今から恋人を作れと言われても、実践する勇気も実力もない。
「文句がありそうだな。」
「文句というか、現実的に無理な方法でしょ。彼氏なんかできっこないですよ。」
そもそも好きな人だっていないのに。
男友達だって、そう呼んでもいいのはローくらいだ。
するとローは、先ほどまでの不機嫌さを一変させ、悪巧みを成功させた悪役みたいに意地悪く笑う。
「なら、俺がなってやる。」
「え……?」
「お前の男に、俺がなってやる。」