第6章 パン好き女子のご家庭事情
長くつまらない自身の過去を話し終えたムギは、渇いた喉を潤すためにコーヒーを飲み、それから茶請け代わりの蒸しパンを囓った。
ローに殴りつけたバッグに入れていたせいで、ちょっと潰れてしまっているが、味は変わらず美味しい。
「……と、まあ、そんな事情がありまして、叔父の家を出たわけなんですが、叔父の意向でアブ兄にはわたしの引っ越し先や高校は伏せてあったんです。」
事件以来、アブサロムとは顔を合わせず口も利かず、他人のように別れた。
それが昨日、モリア邸を訪ねた時に見つかってしまったのだろう。
「昨日の夜、商店街で遠くからわたしを睨むアブ兄を見つけました。お店に電話を掛けたのも、たぶんアブ兄でしょう。」
アブサロムがなにを思ってムギをつけ回すのかは、正直なところわからなかった。
まだ想いを寄せているのかもしれないし、逆恨みをしているのかもしれない。
「はぁ、困った……。どうしようかなぁ。」
ため息を落とし、再びパンを口に入れた時、話し始めてからずっと、ローが黙り込んでいることに気がついた。
黙ってはいるが、その目はライオンも尻尾を巻いて逃げ出すくらいに鋭く怖い。
「え、怒ってます? つまんない話だって、前もって忠告したじゃないですか。」
「……いろいろ言いたいことはあるが、とりあえず聞いておきてェのは、お前、なぜそんな大事な話を黙っていた?」
ようやく口を利いたかと思えば、ローはひどく不機嫌に、低すぎる声で問い詰めてきた。
なぜと言われても困る。
だって、身の上話なんて気軽に話すべきものじゃないだろう。
「……質問を変える。そんな危ねェ男を見かけたのに、なんで俺に連絡を寄越さなかった?」
「なんでって……、連絡をしてどうなるんですか。」
「すぐに駆けつけた。その舐めくさった勘違い野郎を引っ捕まえて、二度とお前に近づかせないようにしてやれた。」
「……大事にしたくないって話、聞いてました?」
心配してくれる気持ちはありがたいが、それはもう、友達の範疇を超えた願いだ。
アブサロムは怖くてしかたがないけれど、ローに助けてもらいたいと思うほど、ムギは厚かましくはない。