第6章 パン好き女子のご家庭事情
『この最低痴漢野郎ッ! ムギには近づくなって、あれほど言っただろうが!』
ムギとアブサロムの間に割り込み、手にしていた傘を今にも叩きつけようとしているペローナは、昔から第六感が鋭い少女だった。
その日も虫の知らせを感じたペローナは、凍てつく雨に濡れるのも構わずに、全速力でムギのもとへ駆けつけたのだ。
『ぐふ……、誤解だペローナ。俺は痴漢なんかじゃねぇ。なぜなら、俺とムギは……愛し合っているんだ!』
ペローナに何枚ものバスタオルを被せられたムギは、唖然とした思いで彼を見つめた。
もしかしたら、アブサロムは自分のことが好きで、彼もムギが好意を向けていると勘違いをしているのでは……と考えてはいた。
しかし、愛し合うだなんて、そんなたいそうな勘違いは想像を遥かに超えている。
『わたし、アブ兄のことは……、家族としか思ってないよ……。』
つい本音を漏らしてしまったら、アブサロムは獰猛な瞳を大きく開き、本当に信じられないようなものを見る目で愕然とした。
そんな反応をされても、ムギは間違ったことは言っていない。
金に染めた髪も、無理やりに背伸びをした喫煙や飲酒も、間違いだらけのデビューも、本当は全然好きになれなかった。
家族じゃなければ、耐えられないほどに。
『馬鹿を言うな。俺は、俺は……、お前のために変わったのに!』
一方的に押しつけられた想いは、鉛のようにムギの胸に沈んで、吐き気をもよおすほどの嫌悪感を抱かせた。
あの時のムギは、まだ恋に夢見る少女だった。
平凡な自分の前にも、いつか素敵な男性が現れて、運命の恋に落ちるのではないかと乙女にありがちな夢を見ていた。
しかし、現実に起きた恋はあまりにも身勝手で、一方的で、ムギの心を凍らせた。
こうしてムギは、思春期の男子という生き物に幻滅し、恋心が見せる幻想を嫌悪したのだ。