第6章 パン好き女子のご家庭事情
ムギにとってのアブサロムは、従兄以上でも以下でもなく、異性として意識したことなど一度もない。
この誤解を、どうすれば解けるのだろうか。
悩めば悩むほど時間ばかりが無駄に過ぎていき、しだいにムギの中でアブサロムが恐ろしい存在に変わっていく。
決定打となったのは、モリアとペローナが家を不在にしていた夜である。
季節はすっかり冬となり、次の春には無事に高校へと進学する。
偏差値はかなり低いけれど、なんとか公立高校に合格したのがせめてもの救い。
その日は寒く、雨が降っていた。
熱い湯船にゆっくりと浸かって、脱衣所で身体を拭いていたその時、背筋をぞっとさせる視線に気がついてしまう。
バスタオルを抱きしめながら振り返ると、僅かに開いたドアの隙間から、ぎらりと光る二つの目がムギの姿を覗いていた。
『あ……、アブ兄……。』
叫べばよかった、怒ればよかった。
どうして彼の名前を呼んでしまったのだろう。
ムギの濡れた素肌に興奮したアブサロムは、息を荒げ、不気味に光る瞳孔を開きながら、バスルームのドアを開け放つ。
『はぁはぁ……。ムギ、好きだ。俺の……、俺の、花嫁に……ッ』
恐怖で動けない。
身体が凍り、指先が小刻みに震えた。
『ムギ、ムギ……ッ!』
欲情したアブサロムがにじり寄り、今にも襲われそうになった時、どたどたと激しい足音が凄まじい勢いで迫ってきて、プロレスラー顔負けのドロップキックが炸裂した。
『アブサロム、てめぇ、この野郎ッ!!』
『ぐはァ!!』
怒り心頭でアブサロムを撃破したのは、雨に濡れた髪を乱しながら駆けつけてきたペローナだった。