第6章 パン好き女子のご家庭事情
その日から、アブサロムの奇行が目立ち始めた。
まず、気がつくとアブサロムはムギを見ている。
リビングで寛いでいる時、洗面所で歯磨きをしている時、さらには、自室でごろごろしている時でさえ、ぎらりと光る目がムギを覗いていた。
『アブ兄、なにか用事?』
閉めたはずのドアの隙間から自室を覗く彼に、何度声を掛けただろうか。
けれどもそのたびに、アブサロムは頬を染めてもじもじするばかり。
『その、なんだ……、俺たちは、そのうち……。』
彼が言っていることが少しも理解できなくて、ムギはいつも首を傾げていた。
ムギの態度をアブサロムはどう思っていたのだろうか、彼にさらなる変化が起きたのは、それから間もなくだった。
『アブ兄、その髪……。』
ある日、アブサロムは髪を金色に染めた。
眩いほどの金髪を靡かせて、彼は自信満々にムギに問うた。
『どうだ、ムギ。俺は、格好いいか?』
『え、あ、うん。』
正直、以前の髪色の方がムギは好ましく思っていたが、容姿でいじめられた彼にとっては、自分なりの進歩なのかもしれないと、否定するのは躊躇われた。
ムギに認められたと思ったアブサロムは、その日から服や香水に気を遣い、以前の彼とはまるで別人のようになっていく。
『なんだ、あいつ。急に色気づきやがって、気持ち悪ぃ。それに、ムギのことをよく見てるし。おい、ムギ、あいつになにかされたら、絶対に相談しろよ?』
ペローナはアブサロムの行動を気味悪がっていたが、この時ムギは、彼に自室を頻繁に覗かれている奇行を相談していなかった。
相談していれば、なにかが変わっていたかもしれないけれど、そんなものは結果論でしかない。
とにかくムギは、モリアのおかげで自分が前を向けたように、アブサロムにも前を向いてほしかっただけ。
本当にただ、それだけだったのに。