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パンひとつ分の愛を【ONE PIECE】

第6章 パン好き女子のご家庭事情




きっかけを作るために、朝夕の食事はムギがアブサロムの部屋の前まで運んだ。
一方的に喋り掛け、「一緒にご飯を食べたい」「話がしたい」などと言ったムギのセリフに嘘はなかった。

せっかく家族になったのなら、共に生活するのなら、楽しい方が絶対に良いと思ったから。
かつての家族を想像し、ムギはとりとめのない話を毎日アブサロムの部屋の前で喋り続けた。

変化が現れたのは、季節が巡って秋が訪れた頃。
いつものようにアブサロムの部屋の前に食事を置いたムギは、背後でガチャリと開いたドアの音に振り返った。

すると、今まで天岩戸の如く閉ざされていたドアが少しだけ開き、ぎらりと光る二つの目がムギを見つめていた。
アブサロムは昔からライオンのように眼光が鋭く、瞳が光って見えるのだ。

『アブ兄……!』

ようやく姿を見せてくれたアブサロムに喜び、ムギは満面の笑みを向けた。
アブサロムはきょろきょろせわしない瞳を動かし、やがてバタンとドアを閉ざす。

しっかり顔を出してくれなかったのは残念だけど、これは大きな進歩だ。
この調子なら、いずれ部屋から出てきてくれるかもしれない。

そう思って喜んでみたものの、ムギが思う“いずれ”は考えていたよりもずっと早く訪れた。

翌日、アブサロムは数ヶ月ぶりに部屋から出てきたのだ。

『なんだお前、やっと出てきたのか……。』

『私は別に、どっちでもよかったけどな。』

ほっとしたモリアとは対照的に、ペローナは少し不機嫌だった。
彼女は昔から、アブサロムが好きではなかった。

『アブ兄、おはよう。ムギだよ、覚えてる?』

それまで一方的に喋り掛けていたけれど、ムギとアブサロムが顔を合わせるのはこれが初めて。
改めて名乗ると、アブサロムは頬を赤くして挙動不審に口ごもった。

『あ、ああ、もちろん。だって、お前は、その……、俺の……。』

もにょもにょと喋る彼の言葉は聞き取れない。
しかし、そんなことよりも、ムギは彼の顔に注視していた。

イジメの原因となった彼の顔は、想像どおり、気持ち悪くも不細工でもなく、一般的な男として変わりない顔立ちをしていた。

やっぱり、イジメの原因なんて当てにならない。



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