第6章 パン好き女子のご家庭事情
その話を聞いた時、ただただ不快だった。
ムギを怖がらせる男に、ムギをつけ回す男に、ムギを奪おうとする男に、尋常じゃないほどの殺意が湧く。
人はそれを嫉妬や独占欲と呼ぶらしいが、今まで他人にそういった気持ちを抱かなかったローにとって、まったくの未知なる感情。
「わ、怖い顔。お茶飲みます?」
「いらねェ。」
ムギはローを茶化しているわけではなく、単純に見たままを口にしているだけだ。
そう思うほど、今の自分が酷い表情をしているとわかる。
「心当たりはあんのか? あるなら、今すぐぶっ飛ばしてタマを潰す。」
「怖い怖い。どうしたんですか、急に。」
「急にじゃねェだろ。さっきまで顔を青くしてビビってたのはどこのどいつだ。」
「……。」
ムギは黙ってアイスコーヒーをグラスに注いだ。
彼女は都合が悪くなると黙る癖があり、沈黙はストーカーの正体を知っている証拠。
「なぜ庇う?」
「庇うっていうか、大事にしたくないんですよ。……身内なんで。」
「身内だと?」
「ええ、まあ。話すと長~くなるんですけどね。」
ソファーに腰を下ろしてコーヒーに口をつけたムギの隣に、ローもどかりと腰掛けた。
長くなろうとも、話を聞くまで帰らないというアピールだ。
「そんなに聞きたいですか? 他人の身の上話。おもしろいこと、なにもないんですよ?」
「おもしろいかそうでないかは俺が決める。それと、俺とお前は他人じゃねェ。」
少なくとも、他人ではなく友達のはずだ。
……今は。
「……そうでしたね。ま、いっか。わたしも今日は、誰かに聞いてもらいたい気分です。」
半分飲んだコーヒーの氷がカランと音を立て、ムギはこれまでの経緯を語り始めた。
「わたしをつけ回しているのは、アブ兄……わたしの従兄です。」
ムギの人生において、アブサロムは初めて彼女に恋をした男だと語った。