第6章 パン好き女子のご家庭事情
「ムギ、俺の話を聞いてんのか?」
本気で心配しているのに、ローの存在を無視するかのように黙り込むムギと無理やり視線を合わせた。
しかし、こちらの気持ちなど知らないレッサーパンダは、ぎこちない笑みを浮かべ、慣れない嘘をつこうとする。
「すみません……。その、ちょっと迷子になっちゃって……。」
「迷子? 誤魔化そうとすんじゃねェよ。」
強めの口調で叱りつけると、降参したのか彼女は呆気なく白旗をあげる。
「はは……、バレました? でも、迷子も本当です。」
力なく笑ったムギは、ローが知っている彼女とは違って、弱々しく不安げに瞳を揺らした。
庇護欲をいっそう掻き立てるムギを抱きしめたい衝動を堪え、へたり込んだ彼女の手を取って立ち上がらせる。
「……家まで送る。話はそれからだ。」
帰り道がわからなくなったと言うムギの手を引き、暗い夜道を二人で歩く。
明らかに元気をなくしたムギは、ずっと無言だった。
いつもはローの方が押し黙ることが多く、そんな時はムギも口を閉ざすのだが、いざムギが先に黙ってしまうと、ローの胸は心配な気持ちで埋め尽くされてしまう。
こんな気持ちは初めてだ。
あのドジっ子なコラソンですら、ローにここまでの心配は掛けさせない。
(チ……ッ、これが惚れた弱みってやつじゃねェだろうな。)
自分の中で見つけたくもない新発見をしたところで、ムギのマンションに着いた。
以前ムギは三階に住んでいると言っていたので、エレベーターのボタンを勝手に押し、玄関前までついていく。
家に入る前に事情を聞きたいと思っていたが、その前にムギが鍵を出して玄関の扉を開けたので、なんとなくローも一緒に入った。
(……靴が少ねェな。)
立派なシューズボックスがある玄関には、ムギが脱いだ革靴の他に、彼女のものと思われるスニーカーとパンプスが一足ずつ置いてあるだけ。
「親はまだ帰ってねェのか?」
純粋な質問をしてみたら、ムギは忘れていたと言いたげに「あぁ……」と頷いた。
「両親は事故で他界してまして。わたし、ひとり暮らしなんですよ。」
やっぱりローは、ムギのことをまだまだ知らない。