第6章 パン好き女子のご家庭事情
ローがムギを見かけたのは、偶然と必然の半々である。
ムギの退勤時間を知っていたローは、その時間帯を狙って商店街のコンビニへ向かった。
ムギを好きだと自覚したローは、いつでも彼女との接点を狙っている。
だからといってムギを待ち伏せたわけではなく、コンビニにも本当に用事があったため、もし会えたなら幸運程度にしか考えていなかった。
しかし、策略的な偶然は商店街ではなく、意外な場所で起こる。
(ムギ? あいつ、なんであんなところに。)
会いたかったムギは、バラティエでも商店街でもなく、住宅地の歩道をがむしゃらに歩いていた。
やけに早足で、まるでなにかから逃げるように歩くムギが気になり、ローはコンビニでの用事も忘れて彼女を追う。
ローとムギの歩幅は倍近く違うので、ローがちょっと歩みを早めれば、あっという間に追いついた。
一心不乱に歩き続けるムギに声を掛け、引き留めると同時に肩を掴んだ。
「おい……。」
「やだ……ッ!」
大声で拒絶を露わにしたムギは、持っていたスクールバッグをローの顔面に向けて振り回す。
「……!」
渾身の一撃は防いだものの、ペンケースやノートが入った鞄はそれなりに重く、ローの腕をじんと痺れさせる。
「……痛ェな。」
突然の攻撃に驚きはしたが、それよりもムギに拒絶の言葉を放たれたことの方が地味に効いていた。
殴るほど嫌なのか、と。
「ロー……?」
しっかりと拒絶をしておきながら、ムギは今初めてローに気がついたと言わんばかりな反応をする。
「ずいぶんな挨拶じゃねェか。」
嫌みを込めた言い方をすれば、ムギは消え入りそうな声で謝ってきた。
「ごめんなさい。その……、人違いを……。」
「人違い? 誰だと思ってたんだ。……おい、顔色が悪いな。なにがあった?」
薄暗い街灯の下でもわかるくらい、ムギの顔は蒼白だった。
視線を彷徨わせる彼女の家庭事情を、ローはまだまだ知らない。