第6章 パン好き女子のご家庭事情
「……痛ェな。」
低く不機嫌そうな声で不満を漏らした彼は、ムギが恐れていた根暗で思い込みが激しい従兄ではかった。
「ロー……?」
シンプルな私服に身を包んだ彼は、見間違いようもないほど男前で、確認をするまでもなくロー本人。
「ずいぶんな挨拶じゃねェか。」
ムギが振り上げたバッグはローに直撃し、彼が反射的に手でガードしなければ、顔面を殴打していたことだろう。
「あ……、ごめんなさい。その……、人違いを……。」
「人違い? 誰だと思ってたんだ。……おい、顔色が悪いな。なにがあった?」
最初は棘があったローの声色は、ムギの表情を見て一変し、心配そうに顔を覗き込んでくる。
目つきが悪く、とても正義のヒーローになんか見えないのに、なぜだかムギは心の底から安堵し、ぺたりと地面に座り込んでしまう。
「おい、ムギ? どうした、わけを話せ。」
膝をついて目線を合わせてくれるローはとても優しい。
けれども、ムギはローの背後、電柱や塀、物陰に潜んでいるアブサロムを探している。
あの不気味に光る目はどこにもなく、どうやら無事に撒いたらしい。
「ムギ、俺の話を聞いてんのか?」
「すみません……。その、ちょっと迷子になっちゃって……。」
世話焼きのローが心配しないように笑みを作りたかったのに、こんな時に限って作り笑いすら失敗する。
「迷子? 誤魔化そうとすんじゃねェよ。」
「はは……、バレました? でも、迷子も本当です。」
むちゃくちゃに歩き回ったから、ここがどこなのか、どうやったら自宅に帰れるのか、地図アプリに頼らなければ皆目見当もつかなさそうだ。
「……家まで送る。話はそれからだ。」
大きな手が腕を掴み、立ち上がらせてくれる。
ローはそのまま手を離さずに、夜道を歩き始めた。
先ほど触れた時は鳥肌が立つほど恐ろしかったのに、ローだとわかった今、大きさが倍ほども異なるその手は妙に頼もしく、ムギの心を落ち着かせたのであった。