第6章 パン好き女子のご家庭事情
『お前のために変わったのに!』
そう喚き散らした男の声を、今もムギは覚えている。
ムギのシフトは、取り急ぎ朝は30分、夕方は二時間ほど短くなった。
7時半まで働いていたムギは7時に上がることになり、余った30分のために自宅へ戻る気にもなれず、そのまま登校しようと決めた。
「……おい。」
聞き慣れた声は、今日は前方ではなく後方から聞こえてきた。
「あれ、どうしたんですか、今日は早いんですね。」
「それは俺のセリフだ。朝のバイト、時間が変わったのか?」
「はい。30分短くなりまして……。夕方も17時から20時までになりましたし。」
「そういうことは、あらかじめ言っておけ。」
「すみません……って、なんでわたしが謝らなくちゃいけないんですか!」
シフトが変わろうが、バイトが変わろうが、ローに報告する義務などない。
つい謝ってしまったところが、ムギもいよいよローに慣れてしまっている。
「あれ、でも、ローまでお店を出てくることなかったんじゃないですか? まだ時間あるし、ゆっくりしていけばよかったのに。」
「チ……ッ」
「……今、舌打ちしました?」
「気のせいだ。」
「いや、絶対嘘でしょ。」
忌々しく舌打ちをされる意味がわからない。
ムギに苛つくのであれば、わざわざ追いかけて隣に並ばなければいいのに。
「まあ、夕方のバイトは時間が早まってよかったんじゃねェか? お前の家の近くは、日が落ちるとけっこう暗い。」
出た、世話焼きモード。
今時、バイトをしている高校生が夜に帰宅するのなんて珍しくもなんともない。
しかし、ローが言うように、朝と夜とじゃ街並みも全然違って見える。
「……。」
スクールバッグを持ち直したムギは、昨夜と同じ場所で後ろを振り返った。
明るい商店街ではぎらりと光る二つの目は見当たらず、ほっと胸を撫で下ろす。
「どうした、忘れもんか?」
「……いえ。」
身体に震えが走らないのは、もしかしたら隣にローがいるからかもしれない。
でも、夜になればムギはひとり。
密やかにつけ回す目は、きっと今夜も現れる。
そんな予感がした。