第6章 パン好き女子のご家庭事情
モリア邸の三階角部屋には、モリアの息子でペローナの兄が暮らしていた。
ムギにとって二人目の従兄に当たる彼は、ムギが叔父宅を出てひとり暮らしをするきっかけを作った人でもある。
「今日は帰れよ。またあいつがいない時に、ゆっくり会おうぜ。」
「あ……、でも、わたし叔父さんに用事があって。」
「モリア様ならいないぜ。仕事だっつって、バーソロミュー・くまが連れて行ったからな。」
「そうなんだ……。」
それでは完全に無駄足だ。
動揺していたとはいえ、なぜ連絡をせずに来てしまったのかが悔やまれる。
「伝言なら聞いてやるけど。」
「ううん、また来るよ。自分からちゃんと言わなきゃだし。」
「そっか。とにかく、うちに来る時には連絡しろよな?」
「わかった、気をつける。」
ペローナの忠告はもっともだし、バイトの時間も迫っているので、今日のところはおとなしく帰ろう。
ただ、やはり気になるのは、カーテンが閉じっぱなしの部屋の主。
「ね、ペローナ。最近、アブ兄はどうなの?」
「どうって……。ムギ、あんなやつのことが気になんのか?」
「うん、まあ、従兄だし。」
従兄の名前はアブサロム、ムギより二個年上の家族。
彼は高校入学と共に登校拒否となり、部屋に引き籠る生活をしていた。
「……前よりマシになったよ。部屋から顔も出すし、たまに外出もしてる。学校も、通信制のとこに編入した。」
「そっか。なら、よかった。」
「ちっともよくねぇだろ、あのゲス野郎。ムギが許しても、私はあいつを許さなねぇからな。」
ムギよりも怒りを露わにするペローナに苦笑を零し、モリア邸で過ごした数ヶ月を思い出す。
ムギの存在はモリア邸では嵐しか呼ばなかったが、それでも、彼が変わるきっかけとなれたのなら、確かに価値があったのではないかと思える。
「ほら、早く行けよ。」
「うん、また連絡するね。」
ペローナと短い再会を果たしたあと、ムギはひとりで門へ向かう。
自動で門が開く間、ふと視線を感じて振り向いた。
「……!」
三階の角部屋。
漆黒のカーテンが僅かに開き、その隙間から爛々と光る二つの瞳がムギを見ていた。
言葉を失ったムギは、逃げるようにモリア邸から立ち去ったのだった。