第6章 パン好き女子のご家庭事情
運が良いのか悪いのか、その日の最終授業は自習になった。
課題のプリントをめちゃくちゃに終わらせたムギは、一足早く学校から抜け出し、自宅とは真逆の方面へ向かう電車に乗り込んだ。
向かう先は、叔父の家。
家を出てから一度も帰っていない叔父宅へ向かうのは、ムギにとって嫌な記憶を思い出させる苦行でしかない。
しかし、すべてはムギが蒔いた種。
特急電車に乗って数十分、バイトの時間を考えるとゆっくりしている暇はなく、ムギは早足で叔父の家を目指した。
叔父の家は裕福で、この界隈ではダントツの敷地面積を所持している。
家を出てもなお、カードキーを預かっているのは、「いつでも戻ってこい」という叔父の心遣い。
ギィイ……と重たい鉄格子の門が自動で開き、不気味さを漂わせるアプローチを歩む。
叔父の家は、趣味が悪い。
薄暗く気味が悪いインテリアを好む叔父一家は、これでも葬儀屋を営んでいる。
叔父の名前はゲッコー・モリア。
でっぷりとした巨体と妖しげな笑みとは裏腹に、案外優しい男なのだ。
(叔父さん、家にいるかな?)
急遽来てしまったため、モリアの在宅を確認していない。
しかし、モリアは自堕落な性格をしていて、自他共に認める他力本願。
家にいる可能性は高かった。
(でも、もしいなかったら……。やっぱり、電話すればよかった。ううん、今からでも……。)
勝手に入るか電話を鳴らすかを迷い、玄関の前で立ち尽くしていたら、可愛らしい声の少女がムギを呼んだ。
「ムギ? ムギじゃねぇか!」
「あ、ペローナ。」
声を掛けてきたのは、モリアの娘でムギの従妹でもあるペローナ。
可愛いものが大好きな彼女は、今日も変わらずクマのぬいぐるみを抱いている。
「おい、おいおい! 元気にしてたか? メシはちゃんと食ってんのか? なんで連絡寄越さねぇんだよ、心配したぞ!」
「ご、ごめん。」
同い年の彼女とは仲が良い。
家を出て以来連絡をしなかったムギにご立腹な様子だ。
「っていうか、マジで来るなら連絡寄越せよ! あいつ、家にいるんだからな!?」
「……。」
あいつ、という呼称にムギはぎくりと身を強張らせる。
三階の角部屋を見上げたら、漆黒のカーテンは今日も閉じたままだった。