第6章 パン好き女子のご家庭事情
天国から地獄。
浮かれ模様だったムギは一変、死にそうに沈んだ顔でとぼとぼ駅までの道を歩んだ。
「おい。」
もはや聞き慣れてしまった声に顔を上げると、ローが商店街の途中で待っていた。
「遅かったな、待ちくたびれたじゃねェか。」
「……はあ。」
待っていると言われた覚えも、待っていてと頼んだ覚えもない。
しかし、それを突っ込む元気はムギに残されていなかった。
「どうした、元気がねェな。まさか、また具合でも悪いのか?」
「いえ、身体は元気です。でもちょっと、精神的にやられてて……。」
「精神的? まさか、あのセクハラ野郎になんかされたんじゃねェだろうな?」
「セクハラ……、ああ、サンジさん。違いますよ、そんな些細な問題じゃなくて。」
「些細? ふざけんな、あの野郎のどこが些細な問題だ。」
ああ、疲れる。
サンジに言い寄られようが、尻やら胸やらを触られようが、そんなことはどうだっていい。
いや、サンジは砂を吐くほど甘いセリフを言ってきても、犯罪的な接触はいっさいしてこないのだが。
「はぁ……。あの、ローは103万円の壁って知ってますか?」
「103万円の壁? ああ、所得税の話か。」
「知ってるんだ……。」
なぜ知っている。
進学校では税金のあれこれについて授業で習うのか。
税のことなら、中学生の時に社会科の授業で、なんなら高校生になった現在でも公民の授業で習っているが、ムギの記憶にはちらりとも残っていない。
所得税や住民税など、名前だけは知っているものの、実質理解しているのなんて、せいぜい生活に欠かせない消費税くらい。
「その様子だと、超えたのか?」
「はい、まあ。」
「前から思っていたが、働きすぎだろ。勤労学生控除を申請すれば130万まで幅は広がるが……。」
「なにそれ、どうやってやるんですか?」
「申請書を店に出せば、年末調整で処理してくれるはずだ。まあ、どっちにしろ扶養からは外れちまうが。」
「ああ、やっぱりそうなんだ……。」
ムギにとって重要なのは、働けなくなることよりもむしろ、扶養から外れることにある。
それはつまり、扶養元に迷惑が掛かるということで。
(叔父さんに話さなくちゃなぁ……。)
がっくりと肩を落としたムギは、虚ろな目で重いため息を吐き出した。