第5章 見返りはパン以外で
最寄り駅に着いたのは、夕方5時を少し過ぎる頃だった。
日が傾いて空は薄暗くなってきたものの、夜と呼ぶにはまだ早い。
「送っていくか?」
「いえ、まだ時間も早いんで。」
「そうか。」
ローは変わらず紳士的で、今日も家まで送ると言ってくれたが、ムギが断るといつもよりあっさりと引き下がった。
ムギとローの家は近くない。
本当に送ってくれなくて構わないのだが、普段よりも引き際が良いことに、ムギの勇気が少し萎む。
もしかしたら、これからムギがしようとしていることは、ローの怒りを本格的に買う行為かもしれないから。
(いや、でも、今さらどうにもできないし……。)
迷い躊躇っていたら、ムギとは反対方向に自宅があるローは、さっさと別れの挨拶を切り出してしまう。
「じゃあな、今日は付き合わせて悪かった。」
「あ……。」
ローが謝る必要など微塵もない。
なんだかんだ言って、ムギもしっかり楽しんでしまったのだから。
だけど、思い出すのはローの気落ちした表情。
ムギの勘違いかもしれない。
今だって別に、普段どおりの彼かもしれないけれど。
(ああ、もう! わたしの意気地無し!)
心の中で己を叱咤し、息を吸い込んで彼を呼び止めた。
「ろ、ろろろ、ロー!」
名前ひとつ呼ぶのですら、これほどの覚悟がいる。
そんな乙女心をわかっているのかいないのか、ローは怪訝そうに振り向いた。
「今、俺を呼んだのか?」
「そう、です!」
ちょっとばかり“ろ”が多くても、頑張って呼び捨てたのだから、そのくらいは許容してくれ。
少し離れてしまった距離を自分から詰め、ムギは持っていたショッピング袋をローの胸に押しつけた。
「これ、あげます!」