第5章 見返りはパン以外で
気分を害してしまったのではないかと危ぶんだけれど、その後、ローの態度は変わらなかった。
ふれあいコーナーにも付き合ってくれて、ムギのペースに終始合わせてくれる。
「あ、見てください。トラがいますよ。ほら、仲間意識を感じますか?」
「どういう意味だ。」
「こっちのトラは可愛くていいですねぇ。」
「おい、だからどういう意味だ。」
こんなふうに冗談を言えばそれなりの反応が返ってくるし、時折笑みも零してくれる。
まあ、大半が呆れ笑いではあるが。
(いつもと同じ。いつもと同じ、だよね?)
ローの元気がなくなったなんて、ムギの気のせいだ。
でも、ムギは“いつも”と言えるほどローを知らず、得意の「ま、いっか」で済ませられるほど無関心でいられない。
「……と、もうここで終わりか。楽しかったですね……って、あれ?」
メインの虎エリアを抜けたら、もうすぐそこが出口だった。
これで動物園は終わりだとローを振り返ったら、いつの間にかいなくなっている。
きょろきょろ周囲を見回し、とある動物の檻の前に立っているのを見つけた。
「急にいなくならないでくださいよ、びっくりした。」
「ああ、悪い。」
「なに見てたんですか? ……あ、この子なんでしたっけ。えーっと、そうそうレッサーパンダ!」
ローが見ていたのはレッサーパンダの小屋で、ふわふわで愛らしいレッサーパンダがくりくりの瞳でこちらを見つめている。
「可愛いですねぇ。」
「……いや、全然可愛くねェ。」
「え、そうですか?」
「ああ。平気でこっちの領域に入ってくるくせに、ちっとも思いどおりにならねェし。」
「はあ。」
ちょっと見ぬ間に、レッサーパンダとなにがあったのだろうか。
ローは憎々しげにレッサーパンダを睨んでいるが、言葉に反して強い執着のようなものが窺える。
可愛くないと言うが、むしろ……。
「レッサーパンダ、好きなんですか?」
「……ッ」
尋ねてみたら、信じられないと言いたげな表情で見つめられる。
そりゃ、こんな目つきが悪い顔をしておいて、レッサーパンダが好きとか意外かもしれないけれど、そんなに驚くことじゃない。
「いいんじゃないですか? 好きなら好きで。」
「……。」
ローの好みを肯定したつもりで言ったのに、彼は最後まで黙ったままだった。