第5章 見返りはパン以外で
かっと熱くなる耳を押さえ、ムギはしきりに雑念を払った。
際どい発言だけど、勘違いをするな。
ローの真意などもはやどうでもよく、重要なのは己が勘違いをしないこと。
(気にしたら負け、気にしたら負け。向こうには絶対、深い意味なんかないんだから。)
恋愛に関して経験不足なムギは、男性に対して免疫がない。
だからつい、ローの際どい発言に反応してしまいそうになるけれど、勘違いをしたら最後、ローが嫌う数多の女子たちと同じになりそうで嫌だ。
「ラスク、気に入ってもらえたならよかったです。今度はコーヒーのお供に買ってくれると、もっと嬉しいんですけど。」
動揺を抑えるために話題を振ったら、ローが思い出したように渋面を作った。
「美味かったとは思うが、朝から食うもんじゃねェだろ。ガーリックラスクだぞ? お前、あのあと俺がどこに行くか知ってんのか。」
「どこって……、あ……。」
ローとは毎朝、駅のホームで一緒になる。
制服を着て駅にいる学生が向かう先は、ただひとつ。
「あ、あはは……、学校…大丈夫でした……?」
「おかげで朝から二度歯を磨く羽目になった。」
「すみません。」
せっかくのイケメンも、口がニンニク臭かったらがっかりだ。
知らぬ間にローの評判を下げてしまいそうになり、これにはさすがに反省した。
「それにお前、俺のパン嫌いを知ってたそうじゃねェか。それなのによくもまあ、飽きもせずに試食を勧めてきたもんだ。」
それを言われると辛い。
ムギの視線はうろうろ彷徨い、無意識に小麦色の髪を指で弄った。
「あ、あれは、その……、食べてみれば好きになるんじゃないかなぁって、つい、お節介を……。」
「……まあ、そんなことだろうとは思った。」
しどろもどろなムギを言い訳を聞いたローは、一瞬自嘲じみた笑みを浮かべた。
どことなく声に元気がなくなったように感じるのは、ムギの気のせいだろうか。
「さて、そろそろ行くか。」
「あ、はい。」
お弁当を片付け立ち上がったローに続き、ムギも席を立ってあとを追う。
何度かローの横顔を盗み見てみたけれど、無愛想な顔からは表情が読み取れず、彼がなにを考えているのか、ムギには想像すらできなかった。