第5章 見返りはパン以外で
平べったいおにぎりをローが手に取ったので、ムギも同じようにおにぎりを取る。
そして今さら気がついたが、今日のお弁当、味見をいっさいしていない。
誰かに手料理を振舞う経験が皆無だったムギは、そういう気遣いに疎かった。
なんなら、お弁当作りを達成したあと、朝食にしっかりハムとチーズのホットサンドを食べてしまった。
(ま、でも、おにぎりくらいなら失敗してないでしょ。)
見かけは悪くても、おにぎりはおにぎりだ。
変な材料は入っていないし、味だってきっと……。
意を決して、平べったく黒いナニカを食べてみる。
(……硬い。)
なんだこれは。
めちゃくちゃ歯切れが悪い。
形を整えるために使った海苔の枚数が多すぎたのだろう。
パリッとしているのならともかく、湿気を吸った海苔は弾力を増し、口の中にいつまでも残って飲み込めなくなる。
(おにぎりって、こんなに不味くなるんだ。)
子供でも作れるような料理を失敗するとは、ある意味才能だ。
普段米を食べていないムギでさえそう思うのだから、米食のローはなおさらだろう。
気まずい思いで視線を上げると、彼は黙っておにぎりを咀嚼している。
美味いとも不味いとも言わず、ただ黙々と。
「あー……、無理して食べなくてもいいですよ? ほら、売店にも食べ物売ってますし。」
意外に紳士的なローはマズイキツイが言えないのだろうと思って気を利かせたら、彼はムギの提案を無視するように、お弁当に散らばる黄色い物体を指さした。
「これはなんだ?」
「スクランブルエッグ……のつもりです。」
スクランブルエッグ。
直訳すると、ごちゃ混ぜ卵。
ごちゃ混ぜとは言い得て妙で、水分を失ってごちゃ混ぜになった玉子は、詰めた場所から飛び出てお弁当全体を黄色く飾っていた。
ぽろぽろのスクランブルエッグを一欠片だけ口に入れ、またもや失敗に気づく。
(……味がない。)
もともとは玉子焼きのつもりで作ったそれは、出汁やら砂糖やら塩やらで味付けしなければならないのに、調味料を入れるのを忘れていた。
かろうじて追加したバターの風味が残っていたのは救いだけど、成功とは言い難い。
(上出来だと思ったんだけどなぁ。)
ムギの上出来とは、世間で言う失敗作なのだと改めて思い知った。