第5章 見返りはパン以外で
財布からお札を取り出したムギは、ローにお金を差し出しながら胸を張って宣言した。
「言っておきますけど、わたし、ロー先輩よりもお金持ちなんで! 週六日働いている人間を舐めないでください!」
「六日は働きすぎだろ。それよりお前、今なんつった? 先輩呼びはやめろと言ったよな?」
「あ、えっとぉ……、その……、やっぱり呼び捨てはちょっと……。」
「約束は約束だ。しっかり守れ。」
そう言われても、年上の男性を呼び捨てるのは厳しい。
「そっちこそ、わたしのことを“お前”って呼ぶじゃないですか。」
お互い様だと言おうとして、これではまるで、ムギが名前を呼んでほしいみたいに聞こえると気がついた。
案の定、ローの口角はにやりと上がる。
「なるほど、そりゃァ悪かった。」
「や、そういう意味じゃなくてですね。」
「行くぞ、ムギ。」
「だから、そういう意味じゃないってば! わたしのことは、むしろ米田と呼んでください!」
「遅い。置いていくぞ、ムギ。」
「だーかーらー!」
チケットを二枚持ち、入場ゲートに向かうローを慌てて追いかけた。
せっかくここまで来たのに、このまま置いていかれて取り残されるのは勘弁願いたい。
ムギとローの足の長さは天と地ほど異なり、一歩の歩幅も倍以上ある。
しかし、冷たい言葉とは裏腹に、ローはムギに合わせてゆっくりと歩いてくれた。
言葉や態度は乱暴に見えても、ローの行動はいちいち紳士的だ。
名前のやり取りに話題を挿げ替えられ、肝心のチケット代は結局払えず仕舞いである。