第5章 見返りはパン以外で
ローはしょっちゅう機嫌を悪くするが、だからといって、いつまでもふて腐れるような子供ではなかった。
電車を降りる頃には謎の怒りも消え失せていたし、動物園に着く頃には、むしろ機嫌が良さそうに見えた。
「動物園、久しぶりだなぁ……。最後に来たのなんて、小学生の頃だったかも。」
「俺も同じだな。」
「そういえば、どうして動物園なんですか?」
付き合えと言われたから一緒に来たものの、なぜ動物園に来たのか理由を聞いていない。
ムギ的にはもっとこう、ムギがいたら都合が良い場所に連れて行かれるのかと思ったのに。
例えば、目玉商品お一人様一点限定のタイムセールとか。
「別に……。お前が好きそうだと思ったから。」
「え?」
ローの発言はいちいち謎が多い。
ムギの記憶が正しければ、今日の外出はローにとっての“見返り”だったはずだ。
それなのに、ムギの好みは理由にならないのではないか。
「なんだ、好きじゃねェのか?」
「そんなことないですけど、動物園が好きそうって、どういうイメージなんですか?」
水族館が好きそうと言われるならまだしも、動物園が好きそうって、どことなく子供っぽいイメージを抱くのはムギだけだろうか。
ムギの質問に対し、じっとローが顔を見つめてくる。
(だから見つめないでってば。わたしの顔がそんなに動物園っぽい? そういえば、プリン先輩にもタヌキって言われたし、そういうこと?)
動物園に狸がいるかどうかは別にして、とにかく顔が動物園っぽいのだと判断した。
「ま、いっか。とにかく入場券を買いましょう。……すみません、大人二枚ください。」
窓口で係員に声を掛け、財布を取り出した。
今日はローへの見返りなのだから、ムギが払うのは当たり前……と思っていたのに。
「あ!」
ムギがお金を出す前に、横から伸びてきたローの手が支払いを済ませてしまう。
「ちょっと! なに勝手にお金出してるんですか! 今日はわたしが払う番なのに!」
「あ? 誰がそんな順番を決めた。女に金を払わせるわけねェだろ。」
素晴らしく男前な発言だ。
が、しかし、そんなものはなんの理由にもなりはしない。
なぜなら、ムギはローの彼女でもないのだから。