第1章 とにかくパンが好き
ムギのシフトは、週六日の朝5時から7時半までと、午後4時から9時までの7時間半。
バラティエは8時で閉店し、残りの一時間で片付け作業をする。
「店長、そろそろ失礼しますね。」
「おう。今日の残りだ、持っていけ。」
「きゃーッ、やったぁ! 店長大好き、男前ッ!」
「……てめぇは本当に調子がいいな。」
どんなに人気のパン屋でも、売れ残りがゼロにはなり得ない。
完全予約制であれば可能かもしれないが、バラティエはあくまでも町のパン屋。
閉店間際に客が来てもいいように、売れ残りを覚悟で多めにパンを焼くし、加工品を除いて、翌日に持ち越さないのがゼフのポリシーでもある。
パン屋によっては売れ残りはそのままゴミ箱へポイという店もあるが、食べ物を大切にするゼフはそれを良しとしない。
味自慢のパン屋だけに、幸いにして多量に売れ残ることはなく、残ったパンは従業員のまかないや、ご近所にお裾分けする程度で済んでいる。
パンが大好きなムギとしては、この瞬間が一日で一番待ち遠しい。
給与明細を貰った夜と比べて、同率一位くらいに楽しい時間だ。
「ロールパンにフォカッチャ、ブリオッシュと……あ、やった! パン・オ・ショコラがある!」
「ったく、売れ残って喜ぶやつがあるか。」
「あ、店長~。キャベツの外側の葉っぱ、捨てるなら貰ってもいいですか?」
「……使いかけのやつがあるだろ、そっち持ってけ。」
「えーッ、やっぱり男前!」
一瞬ゼフの目が可哀想な子を見るような眼差しに変わったが、そんなものは気にしない。
持って帰っていいと言うなら、ありがたく頂戴するのがムギの主義。
袋いっぱいのパンに比例するように、ムギの心もほくほくしている。
今日の夜ご飯は美味しいパンとキャベツサラダ、それから適当に肉でも焼けばいいだろう。
ふかふかのパンを大事そうに抱え、ムギは足取り軽くバラティエを出た。
これが、ただただパンが大好きな女子高生、ムギの一日である。