第5章 見返りはパン以外で
15分前行動のムギは、待ち合わせ時間よりも早く駅に到着したのだが、それよりも早くにローが待っていた。
「あれ、早いですね。」
「ああ。」
本を読むでもなく駅前に突っ立っていたローは、すでに周囲の女性から視線を集めていた。
ムギが声を掛けると必然的に視線がこちらに向き、「あんた程度の女が?」と言いたげにちくちく刺さる。
言われなくても身の程くらい十分弁えているけれど、不可抗力なのだからしょうがない。
「どうします? もう行きますか?」
今日はムギにとって試練の日。
第一の試練である弁当作りは終えているが、このあとはローと動物園に行くという重大な試練が待ち構えている。
というか、なぜ動物園なのだろう。
見かけに似合わず動物が好きなのか、“トラ”ファルガーなだけに。
「行くか。」
端的に答えたローは、ムギから手荷物を問答無用で奪うと、ICカードを翳して駅の中へ入ってしまう。
つれないんだか優しいんだか、よくわからない行動だ。
あとを追って駅に入ったムギは、ローと並んで電車を待った。
(一緒に同じ電車を待つのって、なんだか変な感じ。)
普段はお互い別の場所に立っているし、同じ電車に乗ることもない。
連絡先を交換し、着実に距離が縮まっているとは感じていたけれど、こうして駅で隣り合わせに並んで立つと、ローとはもう“他人”ではないのだと如実に意識させられた。
擽ったいような落ち着かないような微妙な気分に苛まれていると、目的の電車が到着する。
「乗るぞ。」
都心とは逆方向へ進む電車は祝日の昼間でも空いていて、数十分の乗車時間を考え、ムギは座席に腰を下ろした。
しかし、ローはというと、以前と変わらずムギの前で吊革に掴まって立ったままだ。
「……座らないんですか?」
むしろ座れ、と思う。
ムギの隣は右も左も空いているし、なにより目の前に立たれると見えない圧がすごいのだ。