第5章 見返りはパン以外で
他の女生徒が向けてくる視線など、ローはとっくに気がついているだろうに、彼は気にせず世間話を始める。
「今日もパン屋にはいなかったな。大事を取ったのか?」
「ああ、まあ。店長命令で、今日と明日は休まなくちゃいけなくなったんです。」
別にローに言われたから休んだわけではない、とムギは言外に説明しておきたかった。
なんとなく、そう思われるのが癪だったのだ。
「……あの、これ、昨日払ってもらったお金なんですけど。ありがとうございました。」
「あ?」
封筒に入れて差し出したそれは、タクシー代を含めた諸々の費用をムギが計算したものである。
迷惑料も込みにした金額だから、それなりに額は多く、ムギは節約家だけどケチではない証拠。
しかし、せっかくのムギの頑張りも、ローは鼻白んで一瞥するだけ。
「いらねェよ、そんなもん。」
「そういうわけにはいかないです。タクシー代だけでもけっこうなお金掛かったし、ちゃんと受け取ってください。」
100円200円の世界ではないのだ。
きっちり清算しておかないと、今後の目覚めが悪くなる。
「金が欲しくて面倒を見たわけじゃねェ。」
「や、わたしだってお金を払いたくて面倒を見てもらったわけじゃないですけど、後味が悪いんで受け取ってください。」
看病してもらった人間が言うセリフではないが、このくらい言わないと、ローは絶対に受け取ってくれない気がする。
野獣と小動物が黙して睨み合って数秒後、ローは思いついたように口を開いた。
「……お前、今日と明日はパン屋を休むと言ったか?」
「言いましたけど。」
「具合はどうなんだ?」
「おかげさまでバッチリです。学校を休んだら、ズル休みになる程度には元気です。」
「そうか。」
なんの確認かは知らないが、ムギは自信満々に“元気”をアピールした。
もう少し弱っているフリをしておけばよかったと後悔するのは、このすぐ三秒後の話である。