第1章 「あの男」
上司のお供で
外回りだったその日は、アスファルトに
濃い影の落ちる真夏日だった。
街路樹の影へと自然に体が動く。
目の端に見覚えのある
白い色彩のかたまりが映る。
ビルの隙間に挟まっている
駐車場のフェンスにつる草が
びっしり絡みついており、
白い色彩の正体はというと
そのつる草が咲き誇らせている小花だった。
百合(ゆり)にフリルのカッティングを
つけたようなベルのような形と
中心を飾るえんじ色が愛らしい。
その花がまるでブーケのように
茎のあちこちを飾っている。
「.....ほう!」
上司も気づいたらしく足を止めた。
「なかなか見事なものだな。
地主が植えてるのだろう。」
『やだ部長』
河野 さやかは
上司の言葉に吹き出した。
『あれは雑草ですよ。』
「雑草!?」
部長は驚いたように目を丸くした。
「だってあんなに見事じゃないか」
『雑草と言う名の草はない。
すべての草には名前があると
昭和天皇は言ったそうですけどね。
少なくとも園芸品種ではないです』
その先を続けたのはほとんど無意識だった。