第8章 袋小路
翌朝、昨日打ち込まれた木刀の痛みに悲鳴をあげる体を引きずりながら居間へと向かう。
今日から風の呼吸を指南してくれるという話だったが、正直なところ今日はマトモに動ける気がしない。だってもの凄く身体中痛いんだもん。
「起きたかァ」
「おはよう、ございます…」
「お前、水の呼吸は使えるんだったな。どうやって覚えた」
そう問われ、私は当時の事を思い出していた。
「あー、あの時は川を流れる水を思い浮かべてました。自在に形を変え、時には静かに、時には岩をも砕く激流になる…みたいな。そんな感じで」
「そうかァ」
不死川さんは少し思案し、そして私に向き直った。
「お前、今日は"風"の印象を強く脳に焼き付けろ。どうせ昨日の今日でマトモに動けやしねぇだろうしなぁ」
「は、はい。わかりました…」
意外だ。あの打ち込みの時の彼からは想像ができない。
(案外、優しいところ…あるんだ)
朝食を済ませた後、言われた通り風の印象を強くするために縁側へと腰を下ろした。
「風、かぁ…」
そよ風、木枯らし風、嵐、そして台風。いま私が思い浮かぶのはこの程度しかない。しかし、その時によって弱々しかったり荒々しく強かったりするのは水と似ているかもしれない。
(でも違う)
そう。似てはいるが、水と風は似て非なるもの。
(風の印象を強く焼き付けろ、かぁ…)
確かに水の呼吸の時は自然と強い印象が浮かんでいた。だからといってそう簡単に印象づけられるかといえば、それはもちろん否だ。
それに、あの時はもうひとつの要素があった。
(記憶…ではないけれど、あの瞬間確実に何かが頭の中で"思い起こされていた"んだ。私自身、知らない何かが)
加えて意識を失ってから夢のような現実のような、曖昧な感覚だった中で見たあの光景。