第7章 出立、記憶の片鱗
空が白みはじめてきたことに気づくと、鬼はこう告げた。
《ククク…俺の名は牙裂羅(ガザラ)!その女を喰えないのは惜しいが、お前が憎しみを糧に強くなり俺に挑んで来ること楽しみしておくぞ。稀血の小僧!》
そして目にも止まらぬ速さで場を去ると、その姿は瞬く間に見えなくなった。
《千夜さん!千夜さん!しっかりしてください!い、いま…止血を…!》
千夜さんを腕に抱える彼は顔面蒼白で明らかな焦りの色を見せていた。
《…いい。もう、私に…構わない、で…》
《でも…っ》
《貴方は…影の、呼吸、を…後世に、繋いで…》
《っ、俺が…俺が未熟なばかりに…!》
《うね、り…》
《はい…》
《あの鬼の…頸…貴方に託す、わよ…》
――生きて繋いでいきなさい、貴方の意志を…。
震える声でそう告げて千夜さんはそっと微笑み、力尽きた腕は彼の頬からダラりと力なく落ちる。
青年の絶叫が、辺りに響き渡っていた。
なぜ、このような記憶がいま見せられたのか。そういえば師匠も出立前に何かを言おうとして言葉を呑み込んでいた気がする。
でも、これだけは理解した。闇裂さんの師である千夜さん、そして師匠。この2人が因縁を持ったあの牙裂羅という鬼。あの鬼は絶対に討たねばならぬ敵だ。
やがて意識が浮上し、私は目を覚ました。
「あ、れ…ここは…」
見慣れぬ天井が視界に映り、一瞬戸惑う。
しかし、すぐに意識を失う前のことを思い出し嗚呼、と納得した。
「やっと目ェ覚ましたかぁ」
「…不死川、さん」
「今日のところはこのまま休めぇ」
「で、でもまだ貴方に一太刀入れられてないですよ?」
「それはもういい。お前の才覚は見た」
「ぇ…」
これはどういう事だろう。失格ということだろうか?
「明日から風の呼吸の指南を開始する」
「い、いいんですか!?」
「嗚呼。ただし、呼吸法の習得となれば更に容赦なく行くから覚悟しとけぇ」
「は、はい!」
それだけ言うと部屋を出ていった不死川さん。
顔は怖いし本当に容赦ないが、何だかんだでちゃんと見てくれる人なのだろう。
そして夜中に目が覚めた時、何故か枕元におはぎが一つ置いてあったのはまた別のお話である。