第1章 駐屯兵団にて
844年.
エリナ・バラークは、本部へと続く石畳の橋を渡っていた。後ろで一つに結わえた長い黒髪はジャケットに描かれた薔薇の紋章をリズムよく撫でている。
壁上の技巧兵から預かった壁上固定砲の資料はこれで全てのはずだ。上官に提出する前に念のため自分でも確認をする。以前、急いでいたのを言い訳に、確認せずキッツ隊長に渡したところ、
「ぶどう弾の資料がないぞ!貴様はちゃんと確認したのか!?まったくどいつもこいつも使えない奴らだな!」
とピクシス司令の前でどやされた事があった。
「これで大丈夫」
確認し終えると、眼前によく知った人物がいた。
「前ちゃんと見て歩けよ」
そう言って笑う男は、自由の翼を纏い疲労の色を見せながらもエリナに会えて安心しているようだった。
「カルロ!今回も巨人の餌にはならなかったのね!?」
180㎝のカルロに抱き着くには飛び跳ねる必要がある。
片手で書類を落とさないようにしながら、もう一方の手で勢いよく幼馴染の首に手を回した。
「何とか生きて帰ってこられたよ」
エリナの肩に顔をうずめると、互いが身に着けているネックレスの鎖が擦れた音がした。