第2章 始まりの呼吸
いつも通り朝早くから炭を売りに山を降りる
何も変わらない同じ毎日の繰り返し
春、夏、秋、冬と…毎日毎日繰り返してきた
でも今日は、いつも通りじゃなかった
幸せが壊れる時にはいつも血の匂いがする
朝早くに帰ってきた家は凄惨な光景が広がっていた
いつもみたいに笑顔でおかえりを言ってくれる家族は一人もいない
母も、禰豆子も、兄弟たちは皆血にまみれて横たわっていて…
唯一まだ温もりがあった禰豆子だけでも…そう思って山を降りる途中、鬼狩りに遭遇した
そこまでが気を失う前の出来事で、どのくらい眠っていたかはわからないけど…今ようやく目が覚めたところだった
「やあ少年。体の痛みとかは大丈夫かい?」
薄暗かったけど月のおかげで辺りは明るい
空の色から、太陽が落ちてすぐ…だということが分かる
山中のど真ん中で倒れていた俺に声をかけてきたのは、三度笠を深めに被った…〝花の香り〟のする女性だった
「……だ…誰ですか」
「私?君なら分かると思ったんだけど…」
しゃがんで声をかけてきていた女性はスッと音もなく立ち上がって、その場で一回転してみせる
長くて…白い、珍しい髪が月に照らされてキラキラと光って見えた
おおよそ自分と同じ人間には見え難い不思議な雰囲気があったけど、でもそれは、あくまで容姿の感想だった…のに
「私は鬼だよ、少年。こう見えても柱なんだぜ?裏、だけど。…って言ってもまだ分かんないかな」
「……鬼…」
「人間だったのは千年くらい昔の話だ。…そんなことよりずっと雪の中で寝てたら風邪引いちゃうから、そろそろ妹連れて起きた方がいい」
「え、あ、はい。…ありがとうございます…?」
ずっと地面に突っ伏していた俺をいつの間にか抱き起こして、少し乱れている禰豆子の着物を整えて俺に抱き渡してくれた
一切無駄な動きが無い…手際の良すぎる行動を終始眺めていることしかできなかったが…
人には見え難いとは思ったけど、この人の言ったことが本当なら本当に人じゃないらしい
家族をあんな目に合わせた…鬼だという
でも呆けてる俺の顔を見て、目の前の女性は人らしく微笑んで見せた