第6章 過去の呼吸
これは私が鬼になった時からの記憶だ
今だから知識があるけれど、当時鬼になると人だった頃の記憶がなくなる鬼がいる。ということを知らなかった
いや、そもそも今も昔も、普通に生きてる人にとって鬼という単語すら知らない人の方が大勢だ
気がついたら真っ暗な蔵の中にいた
外から鍵をかけられていて、内側からは開けられないようになっていて…
私は鬼になっていたけど、鬼になってすぐに人を食べられなかったから、その扉を破る力すらもなかった
地獄のような日々が続いていた
酷い飢餓状態に陥って今すぐにでも狂ってしまいそうなほど苦しい日々
何度か自分の腕に噛み付いて、なんの気休めにもならない自傷行為に走ったこともあった
この空腹を紛らわす唯一の方法が、痛みしかなかったのだ
それが数年は続いただろうか…
相変わらず飢餓状態は続いていたけど、だんだんと心は落ち着いてきていた
そのおかげで得られた少しばかりの理性で必死に考える
今の状況。私の状態。今後何をすればいいのか…等々
ぼーっとする意識で、できる限り考えを巡らせた
そうでもしないと、本当に心が壊れてしまいそうな気がしたから
とりあえず考えたのは何か食べるものがないかどうか、だ
ここは蔵だったから、一応保存食も置かれている。でもどれも口にしたところで体が受け付けなかった
まだ鬼になっているということも気づいていない状態で、まさか主食が人に変わってしまっただなんて思わない
だから口に入れては吐いてを繰り返していた
一向に飢餓状態は回復しない。でもなぜか死なない
今度はそこに意識が向いた
いくら考えてもなぜかは分からない
だって鬼のことを知らなかったから
それからまた年月が経ち、いつの間にか意識は深い眠りについていた
僅かに残った理性を保つためなのか…気がつく間も無く眠っていた