第1章 追憶の呼吸
時は平安時代
全てはここから始まった
父は善良な医者として、二十歳までは生きられないという体の弱い貴族の少年を懸命に治療していた
どんな薬を試しても良くならず、悪化の一途を辿るばかり
父も少年も難儀していた
そんな日が続いたある日、父から一つの命を受けた
「依千…お前は聡明で、あの方とも歳が近い。もしかしたらあの方の力に少しでもなれるかもしれない」
要するに話し相手になれと、父はそう言いつけたのだ
確かに父の仕事の助手として、幼い頃から薬学の知識や次の読み書きなど、年の割には学があった方だった
その日から、父の治療後に部屋に残され声をかける毎日が始まった
当時の貴族の女性は、奥ゆかしさを保つためにあまり言葉を介さず、文字で気持ちを表していたらしいが…生憎私は貴族ではない
私には私の交流方法がある
父の名には力になれと…それしか言われなかったため、普通の世間話を聞き始めた
最初こそ苛立ちを見せていた貴族の少年だったが、次第に呆れを感じ始めて私の言葉に返事を返すようになってきた
「それで、その山菜をですね…」
「…もういい。お前の言う頭のおかしな食い物の話は聞き飽きた」
「…初めて言葉を返してくださいましたね」
一週間、懲りずに私特製の食事内容を伝え続けていたが、ようやく効果が現れたらしい
ちなみに城下町じゃちょっとした話題になったくらいだから、自信はあったのだ
「聞く耳持たずに過ごすことが疲れただけだ」
「それでもです。この話が駄目なら他の話を致しましょう」
「…医者の娘とはいえ、お前は平民のような奴だな」
それでも、その日を境に色々な会話をした
相変わらず薬の効果は現れない。彼の容体も良くはならない
それでも、前よりは…少しだけ、心は良い方向に向かっていたと思っていた
「お前の言うその食べ物は…本当に美味いのか」
「味の好みは人それぞれですが、不味いという人は見かけませんでした」
「……私も、それを食べれる日が来ると思うか」
「ええ、必ず。だって父はいつだって最善を尽くして下さる自慢の父ですから」
だから、病が良くなったら例の食事を用意しましょう
そうやって交わした口約束は、いつの間にか一つに止まらなくなっていった