第33章 噂の教官/イルミ/教習所パロ
教習はまだ続く。道の先には交差点が見えてきた。だいぶ慣れてきた気もする、リネルは教官の声に耳を集中させていた。
「あの赤信号は左曲がって」
「あっ はい」
キキーッ
「ひゃああっ……!!!」
身体が前へつんのめる。昼に食堂で食べたあんかけ焼きそばが出てきそうだった。
どうやら助手席にあるブレーキペダルを思い切り踏まれたみたいだ。一体何がおきたのか。
「今3人殺してたよ」
だからそういう言い方はやめて欲しい。この衝撃の後でも教官は無表情を保ったままだ。
「え?!でも今左曲がるって…」
「信号が青に変わったらって意味だろ。幼稚園からやり直しなよ」
仰る通りではあるのだが。今のは教官の言い方だって悪かっただろう、腑に落ちない点はあった。
「…すみませんでした…」
「2億1千万」
「は、はあ?」
「慰謝料だよ。赤ん坊と幼児 おまけの母親3人を轢いたらそれくらいは必要だから」
教官の視線がちらりと隣に移る。
そこには4~5人で横断歩道を渡るおばあちゃんの集団がある。彼女等は教習車に暖かな微笑みを投げ掛けてくる。「頑張ってね」そんな眼差しだ。
教官は老婆達に軽い会釈を返していた。
「やむ終えず突っ込むならこういう群れの方をオススメするよ。幸先短いし金も大してかからないから」
「…………………」
結論③:
噂の教官は人命の重さを金で計る。
いよいよ高速道路だ。合流地点ではまた怒涛の踏め踏めコール、未体験のスピードに頭がついて行かずリネルは泣きたい気持ちになった。
「どうしようっ…速い!こわい!」
「むしろ遅いよ。まだ80も出てない 踏んで」
「死ぬ!死にます!死んじゃうう!!」
「大丈夫」
大丈夫なもんか。
結局運転技術に長けた人は初心者の気持ちがわからないのだ。そう頭の中で罵った。
泣きそうなリネルに答える声は 意外にも穏やかで優しかった。
「落ち着いて。オレが隣にいるのに死なせる訳ないだろ いざとなれば絶対に守るから」
「……え?」
「え?」
「いや、あの、っ」
「最悪の場合の危険を回避する、それもオレの役目だよ」
噛み砕いて要訳すれば確かに仰る通りだが。
教官の言葉はどうにも誤解を孕む。口説かれてるのかと思ってしまった。
結論④:
噂の教官は(おそらく)数多の女を泣かせている。