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ひとつの円の裏表(裏道夢)

第1章 温みの灯った日


過酷である。毎日毎日何が楽しくて朝から晩まで働かねばならないのか。

何故かって?生きるためだよクソッタレ。

ワイシャツのボタンをかけ違えたのに一番下まで止めてから気付く。慌てて朝ごはんを口にと思ってスーツにヨーグルトを飛ばす。着替えたら着替えの中に定期を入れていたのをマンションのエントランスを出てから思い出す。
何事も上手くいかない日は本当に上手くいかないことが続く。職場は別にスーツが必須という訳では無い。でも社会人としてスーツを着るのが夢だったのを捨てきれずに何かと理由をつけて職場までは必ずスーツを着ていた。少しでも背筋を伸ばして、私もどこかの企業で働く戦士なんですという顔をして満員電車に乗り街を歩かねば自分の心を守れなかったのだと思う。

だって私の夢の職業は、夢もへったくれも無かったからだ。

「おはようございます!」
「早苗先生、おはようございます。今日も元気ですね」
「元気が取り柄ですから」

はーい、嘘、嘘嘘全部嘘。無い元気毎日振り絞って元気ぶるのにももう疲れた。でもどんなに疲れていても元気で、明るくて、余裕のある顔をしないといけない。なぜなら私は。

「いやあ、保健室はいつも明るくて綺麗で、安心しますねえ。ああ、これママンとトゥギャザーのウサオくんとクマオくんじゃないですか。私もねえ、孫が好きでよく見ていて。しかし、うちの子たちにはちょっと子供向けすぎません?」
「あはは、でもこれ触り心地すっごいいいんですよ。誰かに嘔吐物かけられるまでは置かせてくださいよ、教頭先生」
「はは、保健室の居心地がいいのはいい事ですけどあんまり私物化しないようにしてくださいね」
「気をつけまーす」

保健室の先生だからだ。
短大を卒業し、養護教諭2種免許状を手に皆が頼れる唯一の場所になれるようなそんな空間を作ろう、人の支えになろうと。
そんな夢を抱いていたあの頃は1年目を半分も越した今潰えた。


遅実 早苗。21歳。
冬の足音の近づく冷気に震え、温かい紅茶を淹れて飲む。
ぽっと胸に温かな熱が灯った気がした。
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