第8章 《エルヴィン》堕ちる2 ※
夢と現実の狭間を暫く行き来していた。
眠りから目覚める前のこの感覚はあまり気持ちの良いものではなくて好きじゃない。
かと言ってこのまますっと目を覚ましたくはない。
気怠い意識をそのまま放置した―
「おはよう」
「…っ!!」
バサッと掛け布団を剝いだのと同時に文字通り飛び起きた。
自分の隣にはこちらを向いて寝転び、微笑みを送る男の姿。
爽やかに朝の挨拶をする顔を見て目眩がした。
この部屋には窓がないせいで、日が昇ったのかどうかなんてまったく分からない。
でもこの男が“おはよう”と言ったことから、きっと朝を迎えたのだろうと頭の片隅で思う。
最低な目覚めだ…
「眠れたか?」
「……帰してください。」
「ん?」
質問には答えず小さな声で訴えると、聞こえていないのか聞こえないフリをしているのか分からないが顔を覗き込まれる。
エマは穏やかな瞳を鋭く睨み、今度は嫌でも聞こえるようにはっきりと言った。
「家に、帰してください。」
「そうだな…帰してやらなくもないが。」
「…え?」
まさかすぐにそんな返事が返ってくるとは思ってもいなくて、エマは思わず顔を上げた。
目の前の男は穏やかな笑みを浮かべたまま、エマの髪に触れた。
反射的に震えたが、エマは僅かな希望を胸に次の言葉を待つ。
しかし、その希望はすぐさま打ち砕かれることとなった。
「この先ずっと私の傍にいてくれると約束してくれたら、帰してやってもいい。」
「な……に、を…」
言ってるんだろうか、こいつは。
微笑みを崩さず愛おしそうに髪を撫で続ける男に、吐き気が込み上げた。
わずかでも期待した私が馬鹿だった…
この男は狂っているのだ。普通の常識など通じるはずがないじゃないか。
頭もくらくらしてその場に伏せたくなったが何とか耐えて、どうにか吐かないようにと浅い呼吸を繰り返した。