第14章 《エルヴィン》 拠り所
*
今回は特に多大な犠牲が出た。エルヴィンが団長を務めるようになってから調査兵団の生存率は飛躍的に伸びたが、ゼロになるわけではないし、今回のような例外もある。
数日かけて遺族への弔問を終わらせたエルヴィンは重い体を椅子に沈めた。市民からの罵声、遺族の悲痛な涙、そして立派に使命を果たしてくれた仲間の顔が次々頭に浮かぶ。
…さすがに堪えているか。
目頭を抑え軽く目を瞑る。その時、ノックの音が聞こえてきた。
「団長、今よろしいでしょうか?」
「あぁ、入ってくれ」
こういう時は普通、名を名乗ってから入るものなのだが。でもエルヴィンはドア越しに聞こえる声だけでその人物を判別し、それなら仕方がないと諦めた。彼女はいつもこうなのだ。
「失礼します。お疲れのところすみません。どうしても団長にお渡ししたいものがありまして」
団長室の大きな窓から差す陽光が柔らかくエマを照らす。気遣わしげな笑みを浮かべ、後ろに何か隠し持っているようだ。
壁外調査後で疲弊しているだろうに、わざわざ出向いてなんの用だろうか。
「何か用件でも?」
エルヴィンが訊ねると、エマは控えめに微笑んで両手をパッと前に出した。
大事そうに抱えていたのは青紫の花束。花束と言っても質素なもので、どこかから自分で摘んできたように見えた。
「リンドウっていうお花で…団長に差し上げようと。花瓶ってありますか?」
なんの脈略もないが質問されれば受け答えるのが常。花瓶はないが空になった紅茶の缶があると手渡せば、エマは満面の笑顔になって水を入れ、そこへ花をい生け、エルヴィンの机の端に置いた。
「素敵なプレゼントをありがとう」
「……ほんのお気持ちです」
遠慮がちに答えたエマをそれ以上は追求しなかった。彼女がどんな気持ちでこの花を生けてくれたのか大体察しがついていた。
鮮やかな青紫が灰黒い心に彩りを与えていく。見た目はささやかな違いだ。部屋に花があるかないか。でもエルヴィンの気分は大きく変化した。